日本のデザインアーカイブ実態調査
DESIGN ARCHIVE
University, Museum & Organization
国立近現代建築資料館
インタビュー:2020年9月3日 13:00〜14:30
取材場所:国立近現代建築資料館
取材先:浅田泰司さん(副館長)、加藤道夫さん(主任建築資料調査官)、田良島哲さん(主任建築資料調査官)
インタビュアー:関康子、涌井彰子
ライティング:涌井彰子
Description
概要
国立近現代建築資料館は、2013年、日本の近現代建築に関する資料の散逸・海外流出を防ぐ目的で開館された、建築資料のアーカイブ機関である。現在は、歴史的価値のある建築資料の緊急保護だけでなく、収蔵品を含む近現代建築資料の展示、建築アーカイブの所在状況の調査、関連資料をもつ機関との連携なども行っている。
同資料館の建物は、旧岩崎邸庭園に隣接する湯島地方合同庁舎内にあった、最高裁判所の研修施設を改修して再利用したものである 。別館と新館それぞれ2階建て、延床面積約3200平方メートルからなり、館内には展示室、閲覧スペース、収蔵庫、研究室、会議室などを配置。収蔵庫は、館内と他の施設から借り受けたスペースを確保し、坂倉準三、吉阪隆正、大高正人、渡辺仁、岸田日出刀、平田重雄、池邊陽などの図面を中心とした建築資料約11万5000点を保管している。
日本の著名な近現代建築家により生み出された図面や模型などの建築資料は、日本の近代化における重要なプロセスを伝える世界的な文化遺産だ。しかし、海外の主要国の多くが、建築専門の公的なアーカイブ機関を有しているのに対し、日本にはそれらの資料を国として保護し継承する体制が整備されていなかった。そのため、海外の建築アーカイブ機関から多数寄せられた譲渡要請により、日本の貴重な建築資料が次々と国外に流出し始める、という危機的に状況に瀕することになったのである。
こうした背景から、2011年に「文化芸術振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)」が閣議決定され、文化芸術分野におけるアーカイブの早急な整備が必要との提言がなされた。このような動きのなか、文化庁により建築資料のアーカイブ機関として創設されたのが国立近現代建築資料館である。
デザインアーカイブも散逸・廃棄・海外流出という同様の問題を抱えているが、それらの情報を集約する公的機関は存在しない。また、デザイン分野の学術的な研究については建築に比べて遅れをとっており、社会的・歴史的価値を広く周知できていないことも、アーカイブが保存・継承されにくい事態を招いている。そこで、デザインアーカイブを次世代につなげるための手がかりとなる情報を得るために、建築分野のアーカイブ機関における資料の収集・研究・再活用の方法、注意点などについて話を伺うことにした。
Interview
インタビュー
建築家が考える資料の価値と、
アーカイブとしての学術的・社会的価値との
認識の差を詰めることが大事
建築資料館創設の背景
― 建築分野では、こちらのような国立の資料館や、大学の研究機関など、組織的なアーカイブ活動が進められているのに対して、デザイン領域ではそこまでには至っていない状況です。そこで、建築アーカイブの収集活動や、それを活かした普及啓蒙活動などを参考にさせていただいと考え、お時間をつくっていただきました。まず、建築資料館が設立された背景についてご説明いただけますか。
浅田 当館が開館したのは2013年です。建築の分野では、当時、世界的に有名な建築家の図面などの資料が海外に流出し、このままでは貴重なアーカイブがどんどん失われていくという危機的な状況に置かれていました。また、2011年に文化審議会から、文化芸術分野のアーカイブ構築に向けて、可能な分野から整備を進める必要があるという答申が出されました。そのひとつとして、建築分野における初の国のアーカイブ機関として設立されたのが当館です。
― すぐ隣には旧岩崎邸という重要文化財があって、足を伸ばせば国の文化施設が集まる上野という、建築の資料館として最高の立地ですが、どのような経緯でこの場所に開設されたのですか。
浅田 資料の保護という緊急性から一刻も早く立ち上げたいという事情と、財源的な厳しさを考慮して、国が保有する空き施設を探していたときに見つけたのが、この場所だったということです。もともとは、最高裁判所の司法研修所として使われていた建物で、おっしゃるように旧岩崎邸という近代建築に隣接していることや、文化施設の集積地にも近いなど、立地条件もひじょうによかったので、こちらを改修して使うことになりました。
学識経験者との連携による収集活動
― こちらでアーカイブされるものは、どのように選定や収集を行っているのですか。
加藤 当館の収集方針のひとつは、日本における近現代建築であること。時代的には、おおむね1990年以前、図面作成が電子化される前の資料としています。二つ目は、国内外で高い評価を得ていることや、顕著に時代を画した建築・建築家に関わるものなどです。例えば、複数の賞を受賞している建築家、メタボリズム運動のような集団的な活動も含まれます。
さらに「我が国の近現代建築史や建築文化の理解のために欠くことができず」という視点から、単に建築物だけではなく、構造や技術、場合によっては建築調査や学術研究に関するものも視野に入れています。それらすべてを集めるというわけにもいかないので、その中から歴史上、芸術上、学術上重要だと判断できるものを収集していくことになります。
また、世代交代が進むなかで、建築家の事務所が閉鎖されたり、本人が亡くなられたりしたことによって、資料が散逸するおそれがあるような、緊急性の高いものは、国として保存しようということになっています。
具体的な選定については、外部の学識経験者で構成する運営委員会や、その下に置かれる小委員会などでオーソライズしていただきます。
― 資料収集に関する委員会は、どのように構成されているのですか。
浅田 まず、資料館の運営に関するさまざまな意見を伺う、運営委員会を設けています。運営委員会は7人で構成されていて、その下に企画系、収集系、情報系の三つの小委員会を置き、さらに専門的な見地から意見を伺うという仕組みです。収集に関しては、候補となる資料について運営委員会から収集小委員会に調査を付託し、そこでまとめられた結果を受けて、運営委員会が最終的に資料館の収集対象となるかを判断するというかたちになります。
― 年間を通じて収集する件数や時期など、決められた目標値などがあるのでしょうか。
浅田 当館は、通常の美術館や博物館のように購入ではなく寄贈を基本としているので、年間で一定量を収集するという目標値はありません。あくまでも、散逸など危機的な状況にあるもので、なおかつ所有者から寄贈の意向が示されたものに対して、当館で受け入れる価値があるか運営委員会の意見を得て、最終的に収集するかどうかを決定するというかたちになっています。
収集アイテムは手描き図面が中心
― 建築資料には、図面や模型などいろいろありますが、こちらで収集されているアイテムは、どのようなものがありますか。
加藤 図面が圧倒的に多いですね。また、図面はオフィシャルなもののほかに、途中経過の図面やスケッチなども収集の対象にしています。模型に関しては、収納スペースの関係からあまりもてないという状況です。ほかには、建築事務所で保管されていた写真、スライド、マイクロフィルム、報告書などです。書籍については、アーカイブの一環として補足的に収集する必要があるもののみ収集しています。
― アーカイブは、整理、目録作成、研究や展覧会での活用など、集めた後にかかる労力と予算が多大だという話をよく耳にしますが、具体的にはどのように管理されているのですか。
田良島 アーカイブ的な調査としては、資料物を大きなまとまりから、だんだん小さなまとまりになるように段階的に調査を進め、最終的に1枚の図面、1枚の写真、というアイテムレベルの目録までつくり上げていくのが一番理想的な方法です。けれども、現実的にはなかなかそこまでは行き着きません。というのは、受け入れる前に把握できるのは数などだけで、内容まではわからないことが大半だからです。
ですから、例えば筒1本に50枚の図面が入っているとすると、受け入れてからすぐに調査できるのは、その1本の筒が何であるか、そこに何枚の図面が入っているか、というところまでです。まずは、そこまでの段階の情報を目録として公開できれば、当面の利用には寄与できると考えて調査を進めています。
もちろん、数が少なければ、いきなりアイテムの目録をつくって、それで終わるというケースもありますが、大きな事務所の資料ですと何万点という数になります。それを4〜5人の担当者で、はじめから全部の目録を作成することは、とてもできないというのが現状です。
― 4〜5人でそれだけの点数を調査するのは大変ですね。担当されているのは、全員専従の方ですか。
田良島 建築を学ばれた方や、建築事務所を退職された方が非常勤で行っています。基本的には、どこの建築事務所でも大方の整理は行っているので、中身を細かく入れ替えるような作業は発生しないのですが、それでも丸まった状態の図面を調査するには、まずフラットにする作業をしなければならないので、ひじょうに手数がかかります。
加藤 フラットにしたものは、場合によってはデジタル化も行って、中性紙のボックスに入れて保管室にしまうというのが基本です。未整理のものは筒に入ったままの状態で保管しています。
日常環境での保管が難しい
― 保管場所は、すべてこの建物内にあるのですか。
浅田 ほかにも別の施設の建物を借りて、収蔵庫として使わせていただいています。
― 資料類は、美術品とは違って保管の仕方も大変だと聞きます。
田良島 美術品とは保管の仕方も、使われ方もまったく違うので、あまり過剰な手間をかけず、一番コストパフォーマンスのいい方法で保管をしなければならないという問題があります。そのため、湿度管理ができる収蔵庫は一部で、残りは日常的な環境での保存になるのでとても大変です。
― 建築家側から自分のものを寄贈したいという相談はあるのですか。
加藤 こちらから内々に声をかけるケースもありますし、相手側からいい保存先がありませんか、と相談されることもあります。そうした動きがあったときは、こちらでいろいろな調整をしながら、収集対象となりうると判断される場合には、最終的に運営委員会の意見を伺うことになります。
― 相談件数は年間にどれくらいあるのですか。
加藤 それほど多くはありません。当館がもっと周知されれば、継続的に資料を維持できないという相談が増える可能性はあると思います。
浅田 当館で収集しているのは、まだ手描きの図面が中心だった頃の資料が中心なので、現役で活躍されている方よりも、お亡くなりになって遺族の方が保管に困っているという案件が大半だということも関係しています。そうした情報は、有識者の方や、われわれの調査を通じて集めてきたので、何十件も問い合わせが来るというようなことはありませんでした。
展覧会と連動しながら研究を進める
― 建築アーカイブと連動した展覧会などは、定期的に行われているのですか。
加藤 展覧会に関しては、大きく分けて企画展と、収蔵品を中心にした展覧会を、ほぼ年1回ずつ開催しています。企画展のほうも、当館の収蔵品を含めて、それをさらに拡大して、ほかから関連するものを集めるかたちで行っています。
― 展覧会は、先ほどおっしゃっていた小委員会が中心になって企画されているということですか。
加藤 運営委員会や企画小委員会は、当館の企画案について、意見や助言をいただくものです。展覧会の企画は、まず館内で企画原案を検討します。企画を具体的に進めていく際は、専門家を交えたワーキンググループをつくって行うことが多いです。展覧会を開催するためには、並行して資料の中身を調査していきますが、その調査によって、包括的に保存したほうがいいということから、当館での収蔵につながるケースもあります。
建築家と学術面での資料価値には相違もある
― 資料を受け入れるかどうか、あるいはその中からどれが重要な資料かなどを検討する場合、どのような手順で進められるのですか。
加藤 保管場所によりますね。事務所が残っていれば、ある程度、作品ごとに資料が整理されていますが、ご遺族が保管されている場合は、どうなっているかわからないというケースもあるので。基本的には、どういうものがあるのか概要を見て、その中からいくつかお借りして調査をして、最終的に絞り込んでいます。
― デザインアーカイブの場合、資料の受け入れ先がひじょうに限られ、寄贈したくても受け入れ先がないというデザイナーの声をよく耳にします。また同時に、受け入れ先の人員・予算に限りもあることを考えると、寄贈する側がある程度、資料をリスト化するなど整理していれば、残されるものが少しでも増えるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
田良島 おっしゃる通り、ひとつは寄贈される側で、これを寄贈したいという枠組みが決まっていると、受ける側としても採用がしやすくなります。ただ、建築家が考える資料の価値と、アーカイブとしての学術的・社会的な価値がうまく合致するのか、という部分で問題があるので、その認識の差を詰めることが大事ではないかと思います。当事者からすると、こんなものはゴミだと思っていても、そこに重要な価値があるということも少なくないからです。ですから、双方から見た視点が必ず必要になります。
― たしかにそうですね。例えば、目録をつくるときに、無分別のままダンボールに詰められているよりも、プロジェクトごととか、年代ごととか、ざっくりとでもまとめてほしいというような希望はありませんか。
加藤 実際、そういうかたちで整理をしていただいて、寄贈していただくというかたちで進めているものもあります。どちらにしても、改めて内容を確認しながら調査を行いますが、何がどこにあるかわからない状態よりは、はるかにいいので、可能であればそうしていただきたいですね。
― 建築事務所では、きちんとされているケースが多いイメージですが、実際はどうですか。
加藤 今後のメンテナンスや改修なども含めて、最終的な情報に関してはきちっと整理されています。けれども、そこに至る前の図面やスケッチなどは、捨てる捨てないの状況であることも少なくありません。学術的には、逆にそこがひじょうに重要であるケースがありますから、その辺がなかなか難しい。また、スケッチは、本人しかわからないものもあります。専門家が見れば、これはこの建築家のこのプロジェクトに該当するはずだということが、ある程度はわかるのですが、それでもけっこう間違えることがあるので。
― たしかに、興味がある人にとっては、そこが一番おもしろいところですよね。
加藤 そうなんです。最終的な建築物と、その前の状態というのは、かなり違っているので、そこにどういうアイデアが込められているのかを探るというのが、研究者のなかでも一番おもしろいところだと思います。
各研究機関とのネットワーク連携を目指す
― こちらでは、大学の研究室などと連携しながら、アーカイブを調査したり管理したりすることはありますか。
田良島 大学などの研究機関とは、調査というより情報面での連携を考えています。長期的には、各機関にある建築資料の情報を集約して、横断的に見られるようにしていかなければいけない。すでに、著名な建築家のアーカイブを管理している大学もありますから、当館としてはそういうところと連携しながらお互いの情報を融通していくことが大事だと思います。
調査そのものは可能でしょうが、学生さんもけっこう忙しいし、人手があれば誰でもできるというものではないので、それをコントロールするのもなかなか大変だということもあります。
― 昨年、こちらで主催されたアーカイブの講習会には、PLATからも参加させていただきましたが、そうしたアーカイブ関係者との情報交換の場も、定期的に開催される予定ですか。
田良島 今年の講習会は11月に実施する予定です。ただ、コロナの関係で人数制限があるので、講義形式のものは遠隔での視聴を考えています。今後、長期的には連絡組織のようなものがつくれるかどうか、というところですが、委員の有識者の方との連絡は頻繁に行っているので、人的な課題はかなりクリアできていると思います。
加藤 現物ではなくデジタルの資料を通じてだと、ネットワークで連携しやすくなります。現物資料の外部への持ち出しは安全性の問題があるので、今後は、デジタル資料で閲覧できるように、著作権などの問題を解決しながらデジタル化を進めていこうと思っています。
田良島 つい1週間前、ジャパンサーチ(https://jpsearch.go.jp)という国の分野横断型統合ポータルサイトが公開されました。日本の文化的なデジタル資源を、分野や地域ごとに取りまとめて、それを横断的に検索していくという仕組みなので、例えば建築分野について当館や各大学がもっているデジタル資料をそこにアップして、横断的に情報をまとめれば、そこから国内の建築資料が大体たどれる、というような仕組みができるので、私としてはそのつなぎ役になれるといいなと思っています。
― それはすばらしいですね。期待しています。今日は、ありがとうございました。
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