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日本のデザインアーカイブの実態調査

どうなっているの?この人たちのデザインアーカイブ

DESIGN ARCHIVE

大阪新美術館建設準備室

 

インタビュー:2018年6月24日 13:00~14:30
取材場所:大阪新美術館建設準備室
取材先 :菅谷富夫さん(大阪新美術館建設準備室室長、研究主幹)
インタビュアー:久保田啓子、関康子
ライティング:関康子

Description

解説

大阪新美術館(以下新美術館)は、日本のバブル景気最高潮の1988年に構想が発表されて以来30年、さまざまな時代の変遷を経てようやく2021年度開館する予定だ。今回、お話を伺った建設準備室室長、研究主幹の菅谷富夫さんは、1992年以降、準備室メンバーの一人として「これからの美術館とは」を問い続けきた。そして日本ではまだ定着していない「デザインアーカイブ」という活動領域を発掘し、その基礎づくりにあたっている。
現在でもすでに、東京国立近代美術館工芸館、富山県美術館、武蔵野美術大学美術館・図書館など、デザインコレクション&アーカイブを持っている美術館はある。しかし、それらの多くは「ポスター」や「椅子」「工芸品」などの特定のテーマであったり、あるいは「亀倉雄策」や「柳宗理」といった巨匠たちの仕事を対象としている。もちろんこれらもひじょうに貴重なアーカイブには違いないが、もう少し大きな世界観でデザインを俯瞰できるものもほしいところだ。なぜならデザインは人々の生活に密着した道具や環境であり、一個の椅子、一枚のポスター、一台の自動車といった単体では成立していないからだ。言い換えれば、デザインアーカイブは社会、文化、科学技術などの研究に欠かせないコンテンツでもある。作品性では美術品に及ばないかもしれないが、社会の貴重なアーカイブとして保存されるべき対象であると言える。
そんななか大阪新美術館は、活動方針に「特別/企画展覧会」「コレクション展示」「連携」「アーカイブ」の四つを謳っている。公立の美術館で「連携」と「アーカイブ」が堂々と記される例を知らないが、どうやらこの二つが新美術館の活動の目玉になるようだ。公立の美術館の活動とデザインアーカイブがどのように結びつくのか、どのような体制で取り組むのか、そのあたりの疑問を菅谷富夫さんに伺った。

 

 

大阪新美術館建設準備室

Interview

インタビュー

アーカイブの価値は未来の人が決める

大阪新美術館の概要

 大阪新美術館(以下新美術館)はデザインアーカイブにも力を入れていくと聞いています。大きなチャレンジだと思いますが、まず、美術館の概要についてお聞かせください。

 

菅谷 2021年度開館を目指して準備を進めています。敷地は大阪市の中心、中之島で、江戸時代には広島藩の蔵屋敷があったという歴史的な土地です。新美術館はその遺構の保存と、堂島川や淀川、大阪湾も近いために水害への配慮もあって、地下を掘らずに地上5階建ての建物になります。建築設計はコンペティションで遠藤克彦さんが選定され、「さまざまな人と活動が交錯する都市のような美術館」というコンセプトに沿って建設が進められています。
運営は、現在、大阪市が管轄している大阪新美術館(建設準備室)、大阪市立美術館、大阪歴史博物館、大阪立自然史博物館、大阪市立科学館、大阪市立東洋陶磁美術館の運営、建物、作品が来年創設予定の独立行政法人に移管されます。新美術館はさらにそこから民間会社に運営が任され、開館準備、展覧会、広報などの企画運営にあたっていくことになります。

 

 美術館の運営体制はなかなか複雑なのですね。

 

菅谷 従来の公立の美術館は与えられた予算の範囲内で事業を行うというのが一般的でした。それが独立法人化されて、そののち民間に運営が委ねられることによって企画や運営面で自由度が増し、自主裁量の幅が大きくなります。また職員を中心にさまざまな人材が参加できる可能性が生まれ、時代に即して柔軟にユニークな企画や事業を実現できるものと考えます。

 

 新美術館の柱となるコレクションにはどのようなものがあるのでしょうか?

 

菅谷 美術コレクションは、19世紀後半から現代に至る国内外の絵画、彫刻、写真、版画、デザインなど約5600点で、そのうち寄贈が4600点、購入が1000点となっています。なかでもパリで活躍した洋画家の佐伯祐三の絵画60点、モディリアーニやブランクーシなどの西洋近代美術の作品、また大阪を拠点に活動した吉原治良と具体美術協会の作品約900点は、新美術館を特徴づける重要なコレクションです。デザインは、19世紀のアーツ・アンド・クラフツ運動からアール・ヌーヴォー、ウィーン工房、バウハウスに至るエポック的な作品群があり、なかにはオットー・ワグナー、リートフェルト、アアルト、日本の倉俣史朗などモダンデザインの巨匠たちの作品も含まれます。

 

デザインアーカイブ事業を模索

 

 さっそく、デザインのアーカイブについて詳しくお聞きしたいのですが。

 

菅谷 大阪新美術館は1988年に構想が発表され、90年に準備室が開設されてデザイン分野を含む基本方針が定まりました。その後もさまざまな議論を経て、従来のコレクションに加えて独自の特色を持たせようと、大阪の産業・商業的な土地柄を反映したデザインアーカイブを柱に加えました。
そのひとつが、戦後日本、特に関西のデザインを象徴する家電製品です。本来なら現物のコレクションが基本となるところですが、実際には不可能に近いのです。なぜなら家電といっても洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、配線器具、照明器具など対象物の種類がとても多い。さらに、例えば洗濯機に限っても時代性や技術革新、エポックデザインといった視点で絞り込んでもかなりの数になります。そのすべてを収蔵する収蔵庫を設置することも、適切にメンテナンスすることもできません。

 

 そこで、現在はどのようなかたちで進めているのですか?

 

菅谷 私たちとしてはメーカーの協力を得ながら二つのアプローチで資料のアーカイブ化を進めています。ひとつは写真や製品の仕様や詳細のスペックのわかる資料です。写真は、建築の設計図面のように平面や立面といったアングルも含めて再撮しています。もうひとつは当時開発にあたったデザイナーのオーラルヒストリーの聴取で、開発当時のデザインや社会の状況などをインタビューしています。
言い換えれば、家電製品の「記録」と「記憶」を同時に集めることによって、より多義的なデザインアーカイブを整備ができるのではないかと考えています。

 

 一つひとつプロセスを重ねていくという膨大な作業ですね。

 

菅谷 私たちだけでは到底できません。幸いなことに大学の先生方々も興味を持って下さり、2014年に大阪新美術館準備室、パナソニック、京都繊維工業大学を中心として産学官三者連携事業「インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクト(IDAP)」を立ち上げました。最近ではそれを発展させるかたちで「インダストリアルデザイン・アーカイブズ協議会」を設立して、パナソニック、シャープ、象印、大阪ガスなどの在阪企業や大阪工業大学、武蔵野美術大学にも加わっていただいています。少しずつですが活動の輪が広がっていると感じています。アーカイブの進捗は随時ウェブにアップしていく予定です。

 

 デザイナーへのオーラルヒストリーも楽しみです。

 

菅谷 製品開発においてデザイン発想が入ってくるのは50、60年代で、多くのメーカーがデザイン部門を設立してデザイナーの雇用を始めます。いわゆるインハウスデザイナーの登場ですが、この時期に活躍され た方々はすでに引退しています。彼らから資料では計り知れない製品の開発物語や当時のデザイン状況についてヒヤリングすることで、デザインを多面的に捉えることができると考えています。こちらも整理でき次第、ウェブにアップしていく予定です。

 

 画期的なアーカイブになりそうですね。

 

菅谷 まだまだ長い道のりですが継続していきたいですね。このようなプロジェクトによって、メーカーやデザイナーの製品や資料の保存に対する意識が高まっていくことも期待したいです。

 

 新美術館では現物の保管は難しいとのことでしたが、そこはメーカーに任せるということですか?

 

菅谷 その通りです。私たちはアーカイブ作業を進めるなかで、何がどこに、どのような状態で保存されているかという記録を作成します。それを美術館、メーカー、研究者や関係者と共有することによって、必要なときに現物確認が可能になると思います。もちろんメーカーのみなさんのご協力が大前提ですが。大切なことは、アーカイブ業務をひとつの機関ですべてを行うのではなく、適材適所で分散するとともに情報を集中させるシステムすなわち、プラットフォームを構築することです。

 

 家電以外にはどのようなものがあるのでしょうか?

 

菅谷 2012年にサントリーホールディングス社から「サントリーポスターコレクション」18,000点が寄託されました。2014年には、京都工芸繊維大学工芸資料館と共同で「ベルエポック時代のポスター展」を開催しています。

 

 ポスターと言うことではれば、数年前に開催された大阪出身の早川良雄ポスター展が印象的でした。

 

菅谷 東京国立近代美術館で開催されたものですね。その前にも大阪で当準備室主催で大規模な早川展を開催しています。実はあの世代には大阪出身のグラフィックデザイナーがとても多いのです。早川良雄をはじめ、片山利弘、田中一光、永井一正、テキスタイルの粟辻博は、最初は大阪で活躍して後に東京に拠点を移しました。最近では、有能なデザイナーばかりかパナソニックやサントリーといった大企業が宣伝や広告などの機能を東京に移転したので、関わっていたプランナーやデザイナー、カメラマンやコピーライターなどのクリエイティブ集団も一緒に移動してしまい、大阪の文化的空洞化が加速しつつあるのではないかと心配しています。

 

 文化庁が京都に移転するようですが、クリエイティブの東京一極集中はいかがなものかと思いますね。

 

菅谷 日本は放送や新聞、出版などのメディア、文化機関が東京に集中していますが、アメリカやドイツなどではそうではないようですね。棲み分けも必要だと思いますね。
広告ということでは、大阪には1890年創立の「萬年社」という日本最古の広告代理店がありました。現代の広告代理店の業態をつくりあげた会社でしたが、広告業の東京集中の影響などもあり1999年に倒産しました。その結果、膨大な資料が散逸の危機に直面しましたが、大阪経済界の方々が関西企業の歴史と広告草創期の記録が散逸してはいけないと、それらを買い取って新美術館に寄贈してくださったのです。

 

 大阪らしい気風の良さを感じさせるエピソードですね。

 

菅谷 萬年社本社ビルは大阪市内にありました。私は管財人と一緒に資料室に行き、コマーシャルフィルムやポスターなど200箱ほどを引き取ってきました。その中には企画書や社長挨拶文、調査のために収集された日本全国の新聞、海外の日本語新聞など、萬年社の活動とその時代を知る貴重な資料などが含まれています。しばらく手つかずのまま大阪市内の廃校に保管していたところ、大阪市立大学の先生方や学生、また「大阪メディア文化史研究会」のメンバーが手を挙げてくださって、アーカイブ化を進めてくれました。コマーシャルフィルムは6000本ほどをデジタル化しましたが、広告独自の複雑な著作権問題をクリアする必要があり、現段階で公開できていないのが残念です。しかしその概要は大阪市立大学ホームページのなかで「萬年社コレクション」の名前で公開されています。

 

 アーカイブは保存するだけでなく、公開されることが重要なのでしょうか?

 

菅谷 他にも大阪を中心に活躍し近年世界的に注目されている具体美術協会の関係者から200箱分の資料を寄贈いただきましたが、今、整理している最中です。私としては、こうした貴重な資料や作品を一般の方々に公開できる状態にいかにもっていくのかが大切だと考えています。アーカイブは保管され、活かされて初めて価値あるもとなります。

 

 ところで、お話を伺っていて思ったのですが、新美術館では、「アーカイブ イコール 展示物」ではないのでしょうか?

 

菅谷 美術館としてはアーカイブの対象は資料であって、作品ではありません。それはコレクションになります。もちろんアーカイブされた資料も展示されることはありますが、アーカイブとして保管しているものを展覧会のようなかたちで公開するには準備が必要です。私は、アーカイブの分析と研究をした後で展覧会を企画する場合、逆に展覧会を設定してアーカイブを整理していく場合、両方のアプローチがあると考えます。

 

 個人のデザイナーでは倉俣史朗さんの資料をアーカイブするとお聞きましたが。

 

菅谷 はい。倉俣史朗さんは国際的に知名度が高く、今のデザインにも大きな影響力を持つデザイナーであると認識しています。19世紀から現代までのデザイン作品を収集している当準備室でも、倉俣さんの作品は「ミス ブランチ」をはじめ何点か所蔵していますし、今後も増やしていきたいと思っています。海外でも彼の作品を収蔵している美術館は多数ありますね。日本が生んだ世界的なデザイナーとして、新美術館のデザインアーカイブに倉俣史朗さんの図面や写真、スケッチなどの資料を加えたいと考え、現在、夫人の倉俣美恵子さんにご相談しているところです。

 

 デザイナー個人の貴重な資料が海外に行ったり散逸するなかでとても重要な活動ですね。

 

菅谷 先日、関西を拠点に活躍する建築家にお会いしたところ、代表作の図面のほとんどをパリのポンピドゥーセンターに寄贈されたと伺いました。実際に丹下健三さんをはじめ戦後の巨匠建築家たちの図面の多くがハーバード大学やポンピドゥーに行ってしまったと聞いています。現在、日本建築は世界の注目を集めていますが、研究者はパリやボストンに行かないと資料が見られないということです。デジタルやネットで見られたとしても、手書きの図面などはやはり現物を見たいものではないでしょうか。倉俣さんの資料も現在は美恵子さんのお手元にありますが、資料の重要性や保存・公開を考えるとやはり将来には公的な機関でお預かりしたほうがよいのではないかと考えています。それは将来の倉俣研究のもとになるものですし、結果として倉俣史朗の評価を高めていくことにもなると思っています。

 

デザインアーカイブと美術館の未来

 

 今までは寄贈のお話が中心でしたが、作品やアーカイブを購入することもあるのでしょうか?

 

菅谷 美術品に関しては、作品購入は困難になってきています。すぐれた作品は市場に出回ることが少なく、出たとしても非常に高額なってきています。その一方でご寄贈いただいた資料のアーカイブ化はますます重要になってきています。まずはいただいた資料のアーカイブ化に取り組んでいきます。

 

 これから美術館の在り方も大きく変わりますね。

 

菅谷 うですね。新美術館でも、特別・企画展の開催、コレクションの展示、アーカイブ、連携という四つを行動指針に掲げています。先ほどのインダストリアルデザインアーカイブ、つまり家電製品のアーカイブではメーカー、大学、アートやデザインに興味のあるさまざまな方々と連携しながら、アーカイブの整備や活用の可能性を探っています。
ここ30年ほどで美術館の概念も大きく変わったなあと実感しています。以前であれば美術館は少しでも多くのスタッフをそろえて何でも自前で行おうとしてきましたが、現在は予算的にも大きな組織を維持できてなくなってきています。そこで出てきたのが「プラットフォーム」としての美術館像です。多様な人々が集い、流れ、出会い、アートやデザインを介して連携して活動する新しい公共施設というイメージです。

 

 すでにアーカイブの整備は進んでいるようですが、新美術館開館後は一般の人でも閲覧することはできるのですか?

 

菅谷 はい、それを目標にしています。現在、アーカイブに対する考え方も大きく変わってきています。以前であれば、最初に目録をつくって、整理して公開することが普通でした。でも最近は目録にこだわらず、まず年代や項目でざっくり大きな塊をつくって、そこから小さい塊に仕分けていくという方法で大まかに分類しておく。そして、閲覧の希望者がいれば小さい塊を幾つか見ていただき、その人たちの力も借りながら作業を進めていくというやり方です。
例えば、あるデザイン展のアーカイブであれば、企画書、展示物のリスト、展示計画、出版などの関係資料をすべてざっくりまとめておいて、閲覧した人たちも巻き込みながらアーカイブとしての精度を高めていくというイメージです。最初から完璧を求めたら、いつまでたっても公開・閲覧していただくことはできませんので。

 

 新美術館の図面を拝見すると大きなアーカイブ室が設けられていますね。

 

菅谷 それなりの大きさを確保しているつもりです。ただ厄介なのはフィルムです。フィルムは普通の環境で保管していると劣化が激しく、低温低湿かつ空気が循環する特別なスペースが必要です。建築やデザインのアーカイブでは特に作品写真が膨大な量になります。そこで新しい美術館ではフィルム用に専門の収蔵スペースをつくる予定です。もちろんデジタル化作業も同時に進行させていきます。

 

 菅谷さんが考えるデザインアーカイブ事業の重要性とは何でしょうか?

 

菅谷 日本ではデザイン、特にインダストリアルデザインは産業、経済という軸で語られることが多いと思います。しかしここは美術館なので、デザインを産業よりも文化という軸で捉えています。特にデザインアーカイブに関しては、大きな賞を受賞したとか、ヒット商品だったとう理由で優劣を付けず、すべてのデザインを平等に扱います。例えば、メーカーではGマークをとった製品が優遇されがちなのですが、ではその時代の評価が未来永劫続くのかと言ったら決してそうではありません。30年後にはGマークの陰に埋もれたデザインが再評価されるかもしれないのです。アーカイブ事業に関してはニュートラルな視点が大切だし、過去から現在だけでなく、未来に何を伝えるかという点が重要です。アーカイブとは、未来の人が新しい発見をするための文化的資源なのです。

 

 最後に、菅谷さんがデザインアーカイブ事業として、実現してみたいことはありますか?

 

菅谷 空間のアーカイブですね。倉俣史朗さんに関しては新橋のすし屋のインテリアを香港にできる「Mプラス」とういうミュージアムが買い取って、再現すると聞いています。まずは倉俣さんをはじめいろいろなデザイナーがつくった空間、店舗、バーやレストランといった商業空間を何とかアーカイブできないかと考えています。例えば、倉俣さんや杉本貴志さんのインテリアでは美術家とコラボレーションしたデザインが幾つもありますが、今は写真で見て想像するしかありません。そのなかには貴重な美術品が空間デザインの一部として存在していたわけです。
また、倉俣さんや杉本さんが手掛けたバーは当時の文化人やデザイナーが集う場であり、デザインの記憶としても大切なアーカイブです。建築に関しては保存運動がありますが、インテリアデザインは知らないうちに煙のようになくなってしまいます。現物の再現は難しくても、デジタル映像などを駆使して空間を体感できるようなアーカイブの手法はないかなどと考えています。

 

 最近はプロジェクションマッピングなどのさまざまな映像テクノロジーがあるので、ぜひとも実現してほしいですね。本日お話を伺って、あらためてアーカイブの重要性を再認識でしました。

 

菅谷 アーカイブの価値は未来の人が決める。私たちはそのために少しでも多くの資料をアーカイブに残し、伝えていかなければならないと思っています。

 

 ありがとうございました。

 

文責:関康子

 

 

大阪新美術館建設準備室アーカイブの所在

問い合わせ先

 

大阪新美術館準備室 
http://www.city.osaka.lg.jp/keizaisenryaku/page/0000009428.html

 

参考

インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクト(IDAP) 
http://www.city.osaka.lg.jp/contents/wdu120/artrip/idap/

 

大阪市立大学「萬年社コレクション」 
http://ucrc.lit.osaka-cu.ac.jp/mannensha/

 

HEARING & REPORT

どうなっているの?
この人たちのデザインアーカイブ

What's the deal? Design archive of these people

グラフィックデザイナー

原弘    1903年生まれ*

亀倉雄策  1915年生まれ*

粟津潔   1929年生まれ*

永井一正  1929年生まれ

田中一光  1930年生まれ*

勝井三雄  1931年生まれ

福田繁雄  1932年生まれ*

杉浦康平  1932年生まれ

中條正義  1933年生まれ

石岡瑛子  1938年生まれ*

浅葉克己  1940年生まれ

松永真   1940年生まれ

佐藤晃一  1944生まれ*

河北秀也  1947年生まれ NEW

井上嗣也  1947年生まれ

八木保   1949年生まれ

秋田寛   1958年生まれ*

インテリアデザイナー

倉俣史朗  1934年生まれ*

北原進   1937年生まれ*

大橋晃朗  1938年生まれ*

内田繁   1943年生まれ*

杉本貴志  1945年生まれ*

植木莞爾  1945年生まれ

北岡節男  1946年生まれ*

藤江和子  1947年生まれ

 

テキスタイルデザイナー

粟辻博   1929年生まれ*

 

CI

中西元男  1938年生まれ

 

家具職人

宮本茂紀  1937年生まれ

デザインミュージアム・デザイン機関

DNP文化振興財団

国立近代美術館工芸館

JIDAデザインミュージアム

富山県立新近代美術館

金沢工業大学建築アーカイヴス

トヨタ博物館

国立建築資料館

日本デザイン団体協議会(D-8)

大阪新美術館建設準備室 NEW

 

調査対象については変更する可能性もあります。

調査対象(個人)は、2006年朝日新聞社刊『ニッポンをデザインしてきた巨匠たち』を参照し、すでに死去されている方などを含め選定しています。

*は死去されている方です。

 

WORKSHOP

仕事場訪問ワークショップ