日本のデザインアーカイブ実態調査

DESIGN ARCHIVE

University, Museum & Organization

公益財団法人DNP文化振興財団

(ディー・エヌ・ピー・ブンカシンコウザイダン)

 

インタビュー:2016年11月4日(火)13:00〜15:00
取材場所:DNP文化振興財団
取材先:北沢永志さん
インタビュアー:久保田啓子、浦川愛亜
ライティング:浦川愛亜

PROFILE

プロフィール

ggg/ddd企画室 キュレーター
1958年長野県生まれ。
1980年慶応義塾大学文学部卒業、同年、大日本印刷株式会社入社。
1990年よりgggのキュレーターの担当に、
2008年より京都dddのキュレーターも務める。
2008年よりDNP文化振興財団の活動に携わり、現在に至る。

Description

説明

DNP文化振興財団は、DNP大日本印刷の創立130周年記念事業のひとつとして2008年に設立され、2012年に財団法人から公益財団法人に移行した。展示、教育普及、アーカイブ、国際交流、学術研究助成といった事業を行う。
その中のアーカイブ事業は、貴重な文化遺産を次世代へ継承することを目的に、グラフィックアートとグラフィックデザインの優れた作品と関連資料の収集・保存・管理を担っている。主なコレクションは、アメリカ現代版画の「タイラーグラフィックス・アーカイブコレクション」と、ポスターを主体とする内外の現代グラフィックデザインの包括的なコレクション「DNPグラフィックデザイン・アーカイブ(DGA)」の2つ。
DGAで最も多く収蔵しているのが、田中一光、福田繁雄、永井一正という、日本を代表する3名のグラフィックデザイナーのコレクションである。その内容物は、田中一光(ポスターや版画作品、原画、ポジ、掲載記事、蔵書、他作家のポスターや版画作品など約54,000点)、福田繁雄(ポスターや版画作品、ポジ、他作家のポスターや版画作品など約4,000点)、永井一正(ポスターや版画、パッケージ作品、原画、版下、掲載記事、ポジ、蔵書、他作家のポスターや版画作品など約7,000点)。
ほかにも国内外のデザイナーから寄贈された作品や資料が数多くある。2016年3月現在では、収蔵している作家が233名(国内117名、海外116名)、総点数約14,000点となっている。 これらのコレクションをもとに、財団ギャラリーでの展覧会の開催、美術館や教育機関への貸し出しや寄贈、グラフィックデザインの調査・研究、学術研究助成、デジタルデータベース化と情報をインターネット上で公開するなど、多方面で役立てている。

 

 

公益財団法人DNP文化振興財団

Report

レポート

田中一光の提案によって生まれた

日本のグラフィックデザインが国際的に認知されるようになったのは、1960年代だった。亀倉雄策の1964年東京オリンピックのポスターは、日本のデザインの存在感を世界中にとどろかせた。その後、大阪万博、札幌冬季オリンピックなど、国家的なイベントが立て続けに開催され、ポスターやシンボルマークの仕事が重要な役割を果たした。それ以降、日本のグラフィックデザイナーたちは、国内外で活躍の場を広げていった。
DGAの3大コレクションの中のひとり、田中一光もまた、東京オリンピックで施設シンボルや岡本太郎との共作による参加メダルをデザインし、大阪万博では日本政府館一号館の展示設計を手がけたほか、セゾングループのアートディレクターや「無印良品」の立ち上げから関わってロゴをデザインするなど、幅広い分野で活躍した。
また、グラフィックデザイナーの作品発表と活動の拠点となる、ギャラリーの創設にも意欲的に取り組んだ。そのひとつが、東京の銀座にあるDNP大日本印刷のギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)だ。現在のgggがあるビルは、もともとは同社の営業部の機能しかなかったが、そこを上手く活用できないかと田中は考え、ギャラリースペースをつくることを提案。それにより、1986年に文化活動の一環としてgggの誕生となった。その後、展覧会の企画の監修も田中が務めた。
DNP大日本印刷が運営するギャラリーは、現在、gggをはじめ、美しい自然環境に恵まれ、美術品の保存に適していたことから1995年に福島県須賀川市に設立されたCCGA現代グラフィックアートセンター、2014年に大阪から京都に移設された京都dddギャラリーの3カ所ある。DNP大日本印刷では、現在もこれらを通じてグラフィックデザイン、グラフィックアートの分野における文化事業の推進に努めている。

 

 

貴重な文化遺産を継承していく

 

ポスターを主体とする現代グラフィックデザインのコレクション「DNPグラフィックデザイン・アーカイブ(DGA)」の設立についても、田中一光からの提案がきっかけになったという。
ちょうど世紀の代わり目で、まもなく21世紀に入るというときだった。90年代末頃から亀倉雄策、山城隆一、大橋正、海外ではポール・ランド、ソール・バス、ヨセフ=ミューラー・ブロックマンといった大家が次々にこの世を去っていった。ギャラリーでこのまま展覧会を行っているだけではなく、貴重な文化遺産を後世につないでいくことが必要ではないかというのが田中の考えだった。
また、デザインはアートに比べて組織的・体系的に収集保存する活動が十分ではないことから、それを改善することも目的として、2000年にDGAが設立された。DNP文化振興財団では、その「DGA設立記念」展を2000年から2002年まで計3回にわたって、CCGA現代グラフィックアートセンターにて開催し、グラフィックデザイナーらに作品の寄贈を呼びかけた。
2000年の第1回の展示には、亀倉雄策、早川良雄、永井一正、田中一光、勝井三雄、福田繁雄。2001年の第2回には、中村誠、灘本唯人、木村恒久、粟津潔、宇野亜喜良、横尾忠則、平野甲賀。2002年の第3回には、青葉益輝、浅葉克己、上條喬久、小島良平、仲條正義、松永真、K2(長友啓典、黒田征太郎)。活動の主旨に賛同したデザイナーが参加し、彼らの代表作が展示されてDGAに寄贈された。
オープニングには、みな福島県須賀川市にあるCCGAまで足を運び、アーカイブの今後の活用や保存について大きな関心を寄せたという。

 

 

ギャラリーを中心に人間関係が育まれていった

 

DNP文化振興財団でこうした貴重なアーカイブの数々を収蔵できるようになっていった背景には、その「DGA設立記念」展から始まり、自社の3つのギャラリーで展覧会を開催したときの声がけや、長年にわたって育んできたデザイナーとキュレーターとの人間関係、信頼関係が基盤になっていったようだ。
田中一光の遺族からは、2008年にほぼすべての作品と資料が寄贈された。2009年には福田繁雄の遺族から、2010年には永井一正から、これまで日本デザインセンターや自宅に保管していた作品や資料類を寄贈された。
福田は1970年に大阪で開催されたEXPO'70 日本万国博覧会のポスターを、永井は1966年の札幌冬季五輪のシンボルマークや、1960年に田中と共に日本デザインセンターの設立に参加するなど、いずれも日本のデザイン創成期から活躍したデザイナーである。福田と永井はDNP文化振興財団の理事を務め、永井は田中が亡き後、gggの監修を受け継いだ。
石岡瑛子は、生前に自身のポスターは「すべてDNP文化振興財団に寄贈してほしい」と語っていたとのことで、遺族(妹のアートディレクターの石岡怜子)より476点のポスター全点が寄贈された。石岡は、資生堂やパルコの広告のほか、映画や演劇の舞台空間や衣装のデザインも手がけ、アカデミー賞やグラミー賞を受賞するなど、国際的に活躍したアートディレクターである。それぞれ複数枚あったことから、DNP文化振興財団を通じて武蔵野美術大学図書館に一式寄贈したとのことだ。また、伊藤憲治、秋田寛についても、遺族からポスターほぼ全点が寄贈された。
美術家であり、グラフィックデザイナーの横尾忠則は、2012年に兵庫県に「横尾忠則現代美術館」を開館したが、70年代以降の主要ポスター約700点はDNP文化振興財団に収蔵されている。ちなみに、1960年代の横尾の貴重な代表作のポスターの一部が、田中一光の寄贈コレクションの中にあったそうだ。田中は他作家のポスターや版画作品を多数所蔵していて、中には大変貴重なものも含まれているという。
76歳となった現在も、第一線で活躍している浅葉克己は、それまで倉庫で保管していたポスター約1300点を2015年に寄贈した。そのほか、最近、寄贈を受けたコレクションは、松永真500点、中村誠351点、日比野克彦314点、井上嗣也173点。海外からは、展覧会の開催を通じてフランスのミシェル・ブーヴェから42点、イギリスのポール・ディヴィスから137点、シンガポールのテセウス・チャンから24点となっている。
DNP文化振興財団では、現在のところ、戦後の日本のグラフィックデザインの主要ポスターの約9割を収蔵できたのではないかという。このDGAのコレクションは、CCGAに併設された湿度調節管理を行った倉庫の収納ケースに収められている。

 

 

コレクションをもとにした3つの活動

 

DNP文化振興財団では、それらのコレクションをもとに大きく3つの活動を行っている。ひとつは、国内外の美術館やギャラリー、デザインや教育機関への貸し出しや寄贈だ。グラフィックデザインの文化遺産を世界に広めて、後世に継承していくことを目的としている。
DGAの3大コレクションの田中一光、福田繁雄、永井一正のポスターに関しては、一部をCCGAに収蔵し、複数枚あるものについては国内外のしかるべき美術館へ寄贈を行っているという。これまでに寄贈した美術館は、岩手県立美術館、奈良県立美術館、武蔵野美術大学図書館、プラハ工芸美術博物館(チェコ)、チューリッヒ造形美術館(スイス)、ノイエ・ザムエルング国際デザイン美術館(ドイツ)などがある。
2つ目の活動は、CCGAセンター長の木戸英行を中心に行われている収蔵資料のアーカイブ構築である。上述の通り、戦後のグラフィックデザイン界を牽引してきた作家たちが世を去りつつある一方で、世界中の美術デザイン史や日本研究の研究者たちによって戦後日本の美術デザイン史や文化史が学術研究の対象になりつつある。こうした学術研究にはよく整備されたアーカイブの存在が欠かせないが、残念ながらこれまで国内にはグラフィックデザイン関連の本格的なアーカイブがなかった。
DNP文化振興財団は寄贈された貴重な作品・資料群を専門家による学術研究に開放するため、作品・資料のメタデータの整備、データベース作成、高解像度デジタル画像の作成等に取り組み、近い将来、収蔵資料データベースをインターネットで公開する予定である。アーカイブは学術的な裏付けや他機関との連携のために国際的標準規格に準拠する必要があるが、これについても、他分野の既存のアーカイブ専門機関を参考にしたり、大学や美術館と情報交換を行ったりしながら、グラフィックデザイン分野における学術アーカイブの構築に取り組んでいる

 

 

グラフィック文化に関する学術研究助成

 

ギャラリー運営とアーカイブ構築に加えて、2014年からは学術研究助成プログラムも開始した。幅広い学問領域からグラフィックデザイン、グラフィックアートに関する研究テーマに対して毎年10名程度の研究者に助成を行い、グラフィックデザインとグラフィックアート文化の発展と学術研究の振興に貢献することを目的としている。
グラフィックデザイン、グラフィックアート全般を研究テーマに行うA部門と、田中一光に関する研究を行うB部門があり、毎年国内外から40件以上の応募がある。採択研究者は約1年から2年間研究を行い、その成果論文を提出することになっている。2016年11月現在で、これまでに計37件のテーマに助成を行っており、2017年には初の研究紀要を刊行予定である。

 

 

理想のデザインミュージアムとは

gggと京都dddのキュレーターを務め、DNP文化振興財団の活動に携わる北沢永志も、これまで展覧会を通じてデザイナーと親睦を深め、関係性を築いてきたひとりだ。北沢が思う、理想のデザインミュージアムとはどういうものか。
「2016年9月にgggで開催し、注目を集めた展覧会に、『ノザイナー かたちと理由』がありました。この展覧会が、ひとつのデザインミュージアムの未来のあり方を示唆しているように思えます。 この展覧会は、太刀川瑛弼氏率いるデザイン集団ノザイナーが、『デザインはモノの生物学である』という視点に立ち、デザインや形が生まれる理由に焦点を当て、『デザイン』という行為を、改めて自然現象が形を生み出すプロセスの観察から学びましょうというものです。たとえば、蝶などの昆虫や貝などの海洋生物、鳥やシマウマなどの動物、植物などの自然造形、稲妻などの自然現象に潜むデザインの解明や、オリーブの木と扇風機の対比などです。つまり、人間のつくるデザインが、自然の織り成す造形(かたち)に限りなく近づいている(近づいていきたい)のではないかを実証する実験的な展覧会となりました。
gggは通常、ポスター、広告、装丁、イラストレーション、パッケージデザインなどを展示するギャラリーと考えられていますが、この展覧会は、デザインの思考のプロセスの解体であるのと同時に、デザインの多様性を生み出す新しい指標になったのではないかと思います。
このように、デザインを生物学的、進化論的な観点からとらえるということも、これからのデザインミュージアム構想に必要になってくるのではないかと思います。ただ単に産業博物館のようなモノの展示ではなく、その作品(モノ)が生まれるまでの成立過程、思考の痕跡・源泉や悩み・ひらめきが伝わり、見る人が会場の作品と一体化できるような見せ方、空間づくりが理想となるのではないでしょうか。
この展覧会を見た、あるグラフィックデザイナーのつぶやきが印象に残りました。『これからのデザイナーは、芸術家、学者、技術者など、なんでも万能だったレオナルド・ダ・ヴィンチもようにならなきゃ務まらないよね』と。妙に納得してしまい、まさにこのつぶやきにこれからのデザインの未来が託されているように感じました。
極論かもしれませんが、理想のデザインミュージアムとは、『万物はデザインを内包している』という気づきと視点を持ち、それをさまざまな切り口で、もっと言えば無限に伝えていけるところではないでしょうか。
アーカイブの観点から言えば、代表的デザインミュージアムのひとつ、スイスにあるチューリッヒ造形美術館(Museum fur Gestaltung Zurich)の収蔵庫はぜひ見ていただきたいと思います。この美術館は、1875年以来、デザイン、グラフィック、応用芸術、ポスターの4つの分類で収蔵を行っています。なかでも世界各国の作品350,000点を収蔵するポスターアーカイブは圧巻です。もちろんスイスのポスターはすべて収集。デザインコーナーには、ファッション部門、楽器部門、家具部門、家電部門、民芸部門、おもちゃ部門など、ありとあらゆるものが収蔵されています。パッケージ部門には、宅配ピザの箱や大量の角砂糖の包み紙まで。驚くべきことに、すべての収蔵品を展示して公開することが不可能なため、週5日、定期的に収蔵庫ツアーも開催されているのです。収蔵庫が展示空間、なんて素晴らしいことでしょう。」

 

 

日本のグラフィックデザインのこれから

 

国際的に高い評価を受けるようになった戦後の日本のグラフィックデザインも、90年代のコンピュータの登場による影響は大きかった。コンピュータを駆使する現在の若手のデザインに対して、そして、紙メディアの今後について北沢はこう考えている。
「それ以前の亀倉雄策、早川良雄、永井一正、田中一光、福田繁雄、横尾忠則、石岡瑛子、浅葉克己、松永真などの作品は、個性が突出しており、作品を見るだけで誰がデザインしたか一目瞭然でした。いずれの作品にも、時代に流されない普遍的なオーラがあり、何者にも媚びないおおらかな実験精神にあふれていました。彼らは、過去の日本美術の伝統や西欧のバウハウスやロシア構成主義などの精神を血肉化し、作品に結実させていきました。
それに比べ、今のデザイナーには彼らのDNAが受け継がれていないのではないでしょうか。90年代以降、確かに、グラフィックデザインの機能が、表現重視から問題解決へ、問題解決から問題提起へと変わり、さらにデジタル化の影響が加わりました。しかしながら、全体的にデザイナーの基礎体力が、相当落ちてきているのではないでしょうか。
近年は印刷からデジタル出力へとポスターの製造方法のデジタル化が進み、ポスターの制作数も激減しています。すでに現在、印刷の校正機は製造中止となっています。駅に貼られるポスターも、紙のポスターからLED電飾看板にとって代わりつつあります。このように、ポスターという紙メディアは、そろそろ終焉を迎えようとしているのではないかと言われています。 かといって、ポスターメディアの危機的状況を憂えてもしょうがありません。アーカイブの観点から見れば、今は大変重要な時期にきているといってよいでしょう。現在、DNP文化振興財団に収蔵されている紙のポスターは、たとえば、これらのポスターが、セザンヌやゴッホなど世界に多大な影響を与えた、江戸時代の浮世絵版画のような価値を持ち始め、今後さらに貴重なメディアになるのではないでしょうか。現に、アジアやヨーロッパから頻繁に日本のポスターを紹介したいという申し出がきています。」
アーカイブ活動の活性化が、日本のデザイン界全体の活性化にもつながる時代がやって来そうだ。

 

 

 

文責:浦川愛亜

 

DNP文化振興財団のアーカイブの所在

問い合わせ先

DNP文化振興財団 http://www.dnp.co.jp/foundation/