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DESIGN ARCHIVE

Designers & Creators

河口洋一郎

CGアーティスト

 

インタビュー:2025年7月15日 14:00~16:00
取材場所:京王プラザホテルラウンジ
取材先:河口洋一郎
インタビュアー:久保田啓子、関 康子
ライティング:関 康子

PROFILE

プロフィール

河口洋一郎 かわぐち よういちろう

CGアーティスト

1952 鹿児島県種子島生まれ。
1976 九州芸術工科大学画像設計学科卒業(現九州大学)
1978 東京教育大学大学院修了(現筑波大学大学院)
1992 筑波大学芸術学系助教授就任
1998 東京大学大学院工学系研究科・人工物工学センター教授就任
2000 東京大学大学院情報学環教授就任(~2018)
2010 ACM SIGGRAPH Award受賞
2013 芸術選奨文部科学大臣賞、紫綬褒章受章
2018 2018年にACM SIGGRAPH Academy (殿堂入り)
2023 文化功労者

 

主な受賞

ユーログラフィックス・最優秀芸術賞、柴田賞(1984)、 1987 フランス・ヌーベルイマージュ展グランプリ パリグラフ・アート部門第1位 モントリオール未来イメージ展・アート部門第1位(1987)、フランスIMAGINA展・アート部門第1位 国際エレクトロニック・シネマ・フェスティバル'91・ハイビジョンアート部門第1位 ARSエレクトロニカ'91・準大賞(1991)、ユーログラフィックス・アート部門第1位(1992)、MMAマルチメディアグランプリ・会長賞(1993)、第1回ロレアル賞・大賞 東京テクノフォーラム・ゴールドメダル(1997)、南日本文化大賞(2000)、福岡県文化賞(2002)、芸術科学会 CG Japan Award(2009)、ACM SIGGRAPH Award-Distinglished Artist Award for Lifetime Achievement in Digital Art(2010)他

河口洋一郎

Description

概要

河口洋一郎は日本におけるコンピュータグラフィック(CG)のパイオニアである。1970年代、河口はコンピュータの黎明期からすでに「グロース・モデル」という独自のCGのアルゴリズムを設計し、それを生物におけるDNAのような機能として用いるメソッドを創造し、1980年代初頭には2次元のCGが自己増殖するという驚異的な作品を発表して世界的な注目を集めた。それはまさにコンピュータというバーチャル環境の中で新たな生命が誕生し、まるで地球上の生命体のように成長し、増殖し、進化するというもので、人類が初めて目にした映像であった。河口の表現者としての功績はCGを2Dから3Dへ、さらに「時間=動き」をとり込むことによって4Dの表現に変えたことだ。80年代以降、日本におけるCGの発達は目覚ましかったが、その中心に河口洋一郎というアーティストの存在があった。
河口は表現者として活躍する一方、CGの研究者、推進者としてさまざまな役割を果たしてきた。研究者としては筑波大学を皮切りに東京大学人工物工学センター、同大学院情報学環教授として研究にも取り組んだ。なかでも2006年から2012年まで取り組んだ「超高精細映像と生命的立体造形が反応 する新伝統芸能空間の創出技術」は、自然的・生物的3次元CGの表現方法の研究と開発であり、その後のプロジェクションマッピング、3Dプリンティング、ウルトラハイビジョン(8K)などの先駆けとなった。推進者としてはデジタルコンテンツ協会会長としてその設立と運営に貢献し、融合研究所の会長も務めCGの振興にも貢献している。こうした活動が認められ、2023年に文化功労者に選ばれている。
そして今、AIの時代を迎えて、河口の創作への意欲はますます高まっている。コロナ禍を経て、創作に集中できる環境を手中にし、本人によれば右手にデジタル、左手にアナログの両手使いで「5億年後の生命を誕生させて、宇宙空間に生存させたい」と少年のように夢を語る。河口の目標は常に過去の自分を乗りこえること。河口自身が自ら設計したグロース・モデルを体現しているのである。

Masterpiece

代表作

Growth : Shell (1976)
Growth : Shell Sculpture (1978)
Growth : Tendril (1981)
Growth : Mysterious Galaxy (1983)
Growth : Morphogenesis (1984)
Growth : Origin (1985)
Growth : Festival (1991)
Metallic Bucco (2008)
Soft sculpture ‘Bircco’ (2015)
Evolved Tower (2022)

 

河口洋一郎 作品

Interview

インタビュー

 

僕の原点は生命そのものを論理的なアプローチで
アートにできないかという思い

種子島からCGのパイオニアへ

 日本のコンピュータグラフィックス(以下CG)のパイオニアとして、また研究者として活躍されている河口さんですが、その原点は出身地である種子島にあると思います。子供時代からCGに巡り合うまでのお話をお聞かせください。

 

河口 僕の創造の原点は生まれ故郷の種子島です。JAXAの宇宙センターのロケット発射センターが近くにあったので、ロケットの打ち上げを見上げては宇宙への興味がふつふつと湧いて、いつかは宇宙に飛びだしたいなあと思っていました。一方で、種子島は海、陸、空の自然に恵まれたトロピカルアイランドで多様な自然と生き物がいます。なかでも赤や青、黄色など色鮮やかな魚や海洋生物に魅了されて、この魚の鱗はどんな形でどんなふうに並んでいるのだろうか、食べたらどんな味や食感なんだろうか、どんな風に泳ぐのだろうかと興味がどんどん深くなっていきました。またクラゲは今からおよそ5億年前のカンブリア紀にはすでに地球上に存在していましたが、そのクラゲを見つけてはどうやって地球上で生き残ってきたのか、そして今僕の目の前を優雅に泳いでいることが奇跡なんだ‥‥‥と、何を見てもその起源や根源的なところに疑問をもってしまうのでした。一方、海から陸、空に目を移すと、そこには極彩色の植物や昆虫が命を育んでいて、空には色鮮やかな野鳥が飛び交っていて特に赤ひげの美しさははっきりと記憶していています。こんな感じで種子島がナチュラルミュージアムのようだったから、僕が自然科学的な発想からクリエイティブに向かったのは自然な流れだったと思います。たぶん東京に生まれていたら今の自分はいなかったかもしれません。

 

*赤、黒、白の色彩のコントラストが美しい、天然記念物の野鳥

 

 自然児だったのですか?

 

河口 そうですね、自然の中に入って体を動かすことが好きだった。とにかく種子島は子どもにとってはパラダイス。山林の木に登ったり、泳いだりと思いきり動き回れたし、風や香りを感じたり、森にある実を採取して食べたりと五感で自然を受容できました。それが僕のクリエイティブの原動力です。

 

 河口さんは宇宙や自然に対する感受性が人一倍豊かだったと思いますが、それをクリエイティブに変換させたものはなのでしょうか?

 

河口 生物の形や動きの美しさの原点を探究したい、そのためには「時間」という要素が不可欠だと気付いたことです。子どもの頃からいろいろな生物を手にとっては、100万年前はどんな形をしていたのか100万年後にはどう変化しているんだろうかって、途方もない時間軸で空想して遊んでいました。つまり僕の思考やクリエイティブはいつも時間というベクトル上にあって、何に対しても時間の流れのなかでの「今、ここ」という瞬間で切り取って見ているのだという自覚があったのです。こうした感覚は自然と時間のスケールが大きい種子島にいると何となくわかってくる感覚です。

 

 そんな河口さんがCGを始めるきっかけは何だったんですか?

 

河口 生命そのものを論理的なアプローチでアートにできないかという思いが、僕の原点です。普通であれば美術系の大学に進むところだけど、僕にとってサイエンスとアートは同等だったので両方ができそうな当時の国立九州芸術工科大学(現九州大学)の芸術工学部に進みました。そこで画像設計を専攻して大学2年か3年のときにCGに出合いました。大学には音響や環境、工業デザイン学科もあって、個性的な仲間がたくさんいて互いに刺激し合えたことは有意義でした。いざCGを制作するにあたっては、僕は生命そのものの表現に興味があったので時間という要素を加えたらどんなアートができるのかを確かめたくて、アルゴリズムの原理やコンピュータ言語の基礎知識を吸収したのです。種子島育ちの自然児で真っさらな状態だったお陰で、海綿が水を吸うような勢いで学ぶことができました。
当時のコンピュータは現在の物と比べたら笑っちゃうくらいの素朴な性能だった。ただ僕が卒業研究に取りかかるタイミングでクラフィック表示ができる高性能のコンピュータが導入されたので、僕は点線の集合体が回転・拡大・縮小しながら増幅するCG化の研究をテーマにして制作することができたのです。その結果、線画だったけれど、初めてCGで描いた増幅運動がディスプレイの中で動いたときにはとても感動したものです。まさに無から有が生まれる瞬間に立ち会った実感があって、CGによって時間という見えないものを視覚化できると確信できたのです。

 

 

河口洋一郎 資料

学生時代の取り組んでいたCG作品「Pollen」(1976)が、その後グロース・モデルにつながった

 

 

 大学卒業後は東京教育大学(現筑波大学)の大学院に進まれたのですね?

 

河口 さらに東京で学びたい気持ちがあって、芸術系の専攻があった東京教育大学の大学院に進みました。ところが院生たちは手描きで幾何学的図形を作図しているではないですか! 僕はてっきりCGも学べると期待していたのに、実際にはただひたすらに手描きで図形を描く日々が続ききましたが、思い返せば夢中だったし貴重な経験になりました。そんなときに出会ったのが、通商産業省(現経済産業省)の工業技術院にいらした出原栄一さんでした。出原先生は僕に「種子島育ちの君の個性を大切すべきだ」とアドバイスをくれ、さらに研究生にならないかと声をかけてくださった。幸い、工業技術院には同等の高性能コンピュータが導入されていて、僕はようやく本格的にCGに取り組むことができるようになったのです。と言うことで、午前中は大学院でひたすら幾何学図形を手描きして午後は工業技術院でプログラミングによるCGの研究、院生と研究員という二重生活を送ることになったのです。この二つのギャップは大きかったけど、同じ時期に両極の体験ができたことは大きな財産です。大学卒業後、普通はデザイン事務所などに就職するところですが、僕は研究を継続するために普通ではない道を選びました。綱渡りだったけれど、自分がやりたいことが少しずつできるようなっていったのです。

 

 コツコツと地道にプログラム言語やアルゴリズムを習得するところは、やはりすごいなあと思います。

 

河口 当時はFORTRAN(フォートラン)といったコンピュータ言語が主流だったし、教科書などがなかったので自力でゼロから勉強しなければならなかった。最先端のCGといっても当時のグラフィックディスプレイは信じられないくらい原始的で素朴な線画しか描けなかったけれど、チャレンジすることで予想外の未来につながることがあるのです。

 

 続きがあるのですね?

 

河口 筑波学研都市の整備にともない工業技術院が下丸子から筑波に移転することになって、恩師の出原先生も北海道に移られることになり、僕に「一緒に来ないか」と声をかけてくださいました。でも僕は寒いところは苦手なのでご辞退すると、先生は新宿の日本電子専門学校のCGの講師の職を紹介してくださった。そこでは学校の機材も自由に使えるという恵まれた環境だったのだけど、そこのコンピュータでは簡単なキャラクターや文字しか描けず、僕がやりたかった3D画像の制作はできませんでした。だけど僕は何事に対してもポジティブなので何もしないのはもったいないと、「伝統の未来化」と題したプロジェクトを始めたんです。それは能面をコンピュータでスキャニングして、そのデータを基に点と線で再現するというある種の遊びでした。だけど続けているうちに、おもしろいことをやっている奴がいるって評判になったのです。 そんなある日、専門学校の学部長からシカゴで開催されるシーグラフ国際大会の視察に行かないかと誘われて、CGの最先端を見に行くチャンスが巡ってきました。シーグラフはアメリカのトップクラスのCG研究者が集結する大会で、ハリウッドのクリエイターにも会えたし、カラー表示の3D画像を描けるコンピュータが展示されていて興奮したり、目の前の世界がパーッと広がりました。何より僕のような成長系×複雑系のモデルで表現しているアーティストや研究者があまりいなかったので、当時取り組んでいた独自の「グロース・モデル」によるCGを完成すれば、次にステップアップできると確信できてワクワクしました。幸運なことに帰国後すぐに学長が数百万円もするコンピュータを導入してくれて、「CGによって時間という見えないものを視覚化する」という僕の夢が、向こう側から近づいてきたのです。

 

*シーグラフ(SIGGRAPH、Special Interest Group on Computer)はアメリカコンピュータ学会が開催する国際会議、展覧会でデジタルによるクリエイティブを牽引する存在。1974に第一回会議が開催された。

 

 

グロース・モデル(GROWTH Model)で世界に

 

 その頃すでに「グロース・モデル (The GROWTH Model)」に取り組んでいらしたのですね?

 

河口 機材も整ったところで「グロース・モデル」を改良しながらシーグラフで見たようなCGを目標に、当時のコンピュータで使える256色を何万色にも見えるように工夫しながら制作しました。当時のPCは処理能力も低かったので、終電までプログラミングを仕掛けて帰宅すると夜中いっぱいレンダリングして翌朝にようやくできあがっているという感じで、時間配分の配慮も不可欠でした。今では懐かしい思い出ですね。

 

*河口が1970年代半ばから開発を始めた、生命体のように自己増殖するCGの造形アルゴリズム。代表的なものに渦巻き状の螺旋構造を作成するアルゴリズムがある。80年代入ると種子島を思わせる豊かな色彩が導入された。

 

 そして河口さんは1982年に初めてグロース・モデルを使ったCGを、アメリカの国際学会で発表して注目されるようになった。

 

河口 80年代に入ると「自己増殖系の変わった表現を探究している奴がいる」ということで、海外から視察が来るようになりました。その頃僕は「生命体の形はすべて動いている、成長しているのだ」という発想から、始まりも終わりも無限の二重螺旋のイメージにこだわっていました。つまり地球上の流体の渦から天の川の銀河まで渦巻いている、自然や生物は螺旋状の無限のループ、永遠の動きの中にあると。CGではループや動きを表現できるから、僕は静止している造形ではなくて時間軸で誕生、成長、消滅をくり返す生物の表現に熱中しました。要は発生と成長、進化と遺伝子、突然異変がキーワードで50年前からやっていました。

 

 当時、河口さんはデザイン誌AXISにこんな文章を寄せていますね。

 

形態形成のプロセス、つまり成長の各段階を時間軸でスライスすると、自然界の法則や違からどのように形に作用しているのかが分かってくる。螺旋は成長にとって非常に都合の良い形である。(中略) 著者の「つる巻き植物」は自然法則をもとに、重力や自己修正力の条件を入力しプログラミングしたものである。条件を変更することで、様々な変態の植物が生まれてくれる。「人工自然」という言葉が似合いそうだ。この植物が関節から軟体動物のような枝を文枝し、プチプチ増殖していく様は「あらゆる現象は数字が説明する」という言葉を思い出させる。数字と形は本来切っても切り離せないものだが、造形芸術の歴史はこの二つを遠く分け隔ててしまった。(AXIS6号 1983年1月発行)

 

 上記は論文の一部ですが、「グロース・モデル」の起源が書かれていて興味深いです。

 

河口 おもしろい話があるのですが、高名な先生が僕のグロース・モデルへのアドバイスとして、成長だけでなくて老化モデルも取り入れたらいいと助言をくれました。だけど、僕は老化も成長の一環と考えています。僕には「老化=枯れる、衰える」という感覚はなくて、老化も成長という時間においては「進化」の一部であるととらえているのです。

 

 

AIの先に「Beyond AI」

 

 1970年代、80年代とテクノロジーは発達して今やAIの時代です。河口さんは創作にAIをどのように取り入れていますか?

 

河口 AIはコロナ以降加速的に注目されるようになっていますが、僕はこのトレンドにすっぽり入ってしまうのではなく、あくまでマイペース、我が道を歩んでいます。僕はAIをどう使いこなすかよりも、むしろどう乗り越えていくかに興味があるのです。と言うのも、過去の50年間を振り返ってみると僕の周りではCGをやっていた多くの友人たちが表舞台から消えて、活動し続けている人はほんの一握りです。つまり単にテクノロジーのトレンドに乗っかるだけでは消費されてしまうということです。だから僕はコロナ以降、「Beyond AI」をコンセプトにしています。僕の考えではクリエイティブは短期決戦ではなく長期戦で臨むこと、生物の進化のように大きな時間の流れの中にあるもの。だからAIにとり込まれてしまうのではなくて、AIを超えた表現って何だろうと考える方が未来はおもしろい。

 

 河口さんは「AIを弟子にする」とおっしゃっていますね。

 

河口 AIも日々進化していくから今はAIを弟子にすると言っていますが、来年は僕よりもAIの方が進んでいる可能性もあります。だから「Beyond AI」、AIは自分の片腕と考える方がよいと。僕の競争相手はAIなのではなくて50年前、10年前、5年前の自分自身、つまり過去の自分を乗り越えるためにAIに参入してもらうわけです。今の僕の生きがいは「過去の自分を乗り越えて、楽しく生きること」です。

 

 最近はどのような創作をされているのですか?

 

河口 2022年頃からAIを援用して創作していますが、ひとつは僕のオリジナル作品をAIに記憶させてそれらを掛け合わせて新しい作品をつくっています。例えば、僕の作品は生物をモティーフにした遊泳系、歩行系、飛翔系、またクラゲ系、カニ系、蛸系などがあって、それらを交配していきます。要は親から子、子から孫、孫からひ孫と世代交代させていくという感じです。同じようなことは従来のCGの技術でもできるけど、AIに生物のDNAのような特質を担わせることによって、オリジナルの作品を乗り越える試みをしているわけです。オリジナルCGの掛け合わせを繰り返していくと突然変異の子孫が誕生し、元気な子もいればいたずらっ子もできてきます。不思議なことに、人工的なCGにおいてもひ孫や玄孫の世代になると突然に崩れ、破綻することがあります。

 

 それはAIの限界ということですか?

 

河口 現時点ではそうですね。だから今、AIがポジティブな遊び感覚で使うくらいがちょうどよくて頼りすぎるのは注意が必要です。知り合いの教授は実験的にAIで先取的なデザイン論文をまとめようとしたらあるとき突然ダメになった、改良するのを止めて逆行することがあったと言っていました。

 

 現時点ではAIは気の合う仲間くらいの付き合いがよい、と。

 

河口 実際、50年前の螺旋を描いた自分のCGをAIに読ませてみたらプログラムが理解できずフリーズしてしまいました。AIもいろいろあってそれぞれに一長一短があります。まさに玉石混合な状況なので、一つひとつ試さなければならないのです。AIにとって静止画の改良は楽なのだけど、僕の作品のように動きが入ってくると途端に難しくなります。デザインの領域でも動くものと動かないものでは全然違うのでしょう。だから現在はさまざまなAIを手あたり次第使ってみて、気に入ったものを選択していくしかないのです。だけど3年後、5年後にどうなるかは予測ができません。現在のAIの未熟さも楽しいし発見がある。だから僕はとにかく実際に試してみる、AIの客観的評価は後年のみなさんにお任せします。

 

 とは言え、コロナ禍を経てBeyond AI以降、河口さんの作品の幅がグーンと大きくなった印象をもちます。

 

河口 僕の作品には鉱物や宝石をモティーフにした非生物ものもあって、生物ものとは違って見えるからかもしれないですね。天然の鉱物や宝石の画像をAIに読み込ませてグロース・モデルをかけていくと生物ではないので成長はしないけど、一定のアルゴリズムに沿って変化するのでそれを応用しています。例えば、クリスタルは自然界では変化しないけれど、CGでは伸びたり曲がったりどうなるのか興味がありました。僕は基本的には「動き」や「時間」に興味があるわけで、自然界ではありえないことが生物と非生物の境界でどうなるのかを見てみたいわけです。

 

 鉱物のデータはどのようにAIに読み込ませるのですか?

 

河口 基本は生物も鉱物も同じですが、AIでは材質感や輝度、透明感などを試行錯誤しながら入力していきます。ただ僕は創作については人に任せることはできないので自分でやります、プロセスそのものが楽しいですからね。

 

 

河口洋一郎 資料

クリスタル表現に挑戦したCGキャラクター「EGGY」(2016)   

 

 

 何かの記事で読んだのですが、CGやAIはいくらでもコピーが可能だから、自分の作品であることを証明するために論文など、創作プロセスを論理的に解説しておくことが不可欠であると。

 

河口 たしかに、絵画や彫刻は署名を入れればよいけど、CG作品を自分の作品であることを証明するためにはNFTなど別の方法が必要です。僕の場合、論文だけでなく肉筆画も含んでいて、要はデジタル作品の根拠をきちんと残すことだと思います。

 

*NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)。アーティストがNFTを発行することによって作品の真正性や所有権を証明する仕組み

 

 これも何かのテキストで読んだことですが、河口さんはAI技術において日本が世界のトップになることは難しいけど、AIを使ったクリエイティブでは日本人の優れた感性は有利であると。

 

河口 AIの技術開発では日本は後塵を拝しているけど、クリエイティブにおいてニッチな部分を集中的にやっていけばよいと考えています。日本人ならではの繊細な感性やこだわりを活かしたクリエイティブ分野を開拓できれば可能性はあります。例えばクルマは緻密で繊細な日本車が世界を席巻しましたし、漫画やアニメーションなどの評価も高いです。繊細さやこだわりはクリエイティブにとって大切な能力ですからね。それから日本人は神羅万象とか自然に神を見出すなど、そうした特徴を生かせる道を探ることもよいかもしれません。こんなふうに他にない才能を発掘して育てていければ、5年後、10年後に何かしらの成果が上がるだろうと思います。

 

 もう少し具体的には?

 

河口 たとえ話ですが、クラゲは体のほとんどが水分だけど、5億年前に海水と身体の間を薄い膜で分けてフワフワ漂うだけでなくて多少は移動できるようなったことが「種」としての始まりです。それが個体数の増加とともに天敵が出現して捕食されるようになったので毒を持ったり、深海に逃げ込んで発光したりとさまざまな戦略をもって生き残ってきた。クラゲにはもうひとつの進化の道があって、ある種のクラゲは捕食を避けるため岩に張り付いてイソギンチャクになった。さらに身体を固くしたのがヒトデ、さらにとげとげのウニになった。クラゲ、イソギンチャク、ヒトデ、ウニ、この4種の遺伝子はほとんど同じです。
僕の作品にはクラゲと同じような原理が働いていて、ゴールが存在するのではなくてプログラムによってどんどん変化、進化していくということです。これはクリエイティブやデザインにも通じていると思います。僕はこうした生物の進化をクリエイティブに役立てられないかと、形のアルゴリズムを50年間やり続けていて未だに終わりが見えていません。僕は日本のデザイナーたちが形のアルゴリズムを勉強して使いこなせるようになったら、もっとクリエイティブになれると考えているのです。

 

 2027年には、河口さんがおられた東京大学に新学部「カレッジ・オブ・デザイン」ができて、新しいクリエイティブのための人材教育が始まりますね。

 

河口 人材を育てることは枠組みをつくってシステマチックにでることではなく、新たな才能を見つけてどうやって育てるかという個人的な葛藤が重要であり、同時代的にあるとき一気に出現することもあります。僕としては、芸術と科学が高次元のレベルで融合するのではなく火花を散らす、そのなかから二つのよいとろに突然異変が起こる、つまりアウンヘーベンが起こることがよいと考えます。安易に融合するのはいけない。

 

 でも日本人の気質では火花を散らしながら進めるのは苦手な感じがします。

 

河口 たしかに、特にデザインというクリエイティブ作業はアートと違ってクライアントに対してチームやグループで進めていくことが多く、産業として成立しなければならないから難しい面もあるのでしょう。

 

 日本でも、チームラボの猪子寿之さん、落合洋一さん、ライゾマティクスの真鍋大度さんのような、新しい表現領域を開発して世界的にも注目されているクリエイターも登場してきていますね。

 

河口 2008年、僕が奈良の東大寺で行った世界遺産登録10周年記念イベント「布袋寅泰 SPECIAL LIVE –Fly Into Your Dream-」では、「超高精細映像と生命的立体造形が反応する新伝統芸能空間」と題して、日本の伝統空間を構成する巨大壁面に、生物的・自然的な超高精細CG で投影したり、さまざまな実験的巨大表現を試みて評判になりました。当時はプロジェクションマッピングという言葉もない時代だったけど、大空間に映像を映し出して山本寛斎との舞踏館イベントなど、実験的な活動や創作をしました。僕の場合は東京大学の研究、その実験という位置づけでやりました。ただデザインはビジネスにしなければならない。つまり製作プロセスをシステマ化して量産できる体制を組んで、利益を上げていかなければならないという一面があります。

 

 そこの部分が河口さんと猪子さんたちとの違いですか?

 

河口 僕は自分がやっていることをビジネス化するところまでは考えていませんでした。その時間があればもっと純粋にクリエイティブな研究に没頭したかったのです。人を使い、組織や会社をマネジメントするのは大変だけど、猪子さんや落合さんは僕があえて避けていたことをデザインとしてビジネスとして成立させたことがすごいと思います。2人とも東大で学んで、僕もよく知っているけれど、学問や研究という枠から出て彼らのように活躍することは大切だと思います。彼らには持続的には頑張って欲しいし、とても期待しています。

 

 

デジタルミュージアム

 

 ぜひお聞きしたいのですが、従来の美術館は絵画や彫刻といったオブジェを収集展示していたわけですが、CGやAIの創作物は違ってくるのではないかと思います。例えばCGのようなデジタルアートは定期的にソフトのアップデートが必要で、メディアもフロッピー、CD、DVDから現在はネットやクラウドに変わるなど、継続的なメインテナンスに手間と費用がかかります。

 

河口 そうですね。デジタル作品のプログラミングや画像は劣化しないけれど、常に最新のバージョンに変換しておく必要はあります。僕の50年前の作品の中には変換しておかなかったために再現できない、消えてしまったものが多くあります。それにビデオテープやフィルムに記憶させたものは劣化して作品として成立できなくなっています。最新のデジタル作品はいいのだけど、フィルムやテープで保存したものは回復が難しいですね。だからテクノロジーに頼りすぎてはいけません。経年変化にどのように対処していくかはこれからの課題のひとつです。

 

 とは言え、今の時代、美術館はデジタルアートを受け入れざるを得ないです。

 

河口 僕はCGを数十秒くらいの動く絵画として作品化することも考えています。今、仮想通貨が普及していますが、デジタルアートもあのような画期的な発想が必要で、今までのように物を所有するのではなくて、デジタルアートの使用権も所有するといったアイデアあってもいいと思います。

 

 

これからの目標と展望

 

 進化を続ける河口さんの今の目標は何ですか?

 

河口 Beyond AIをどこまで達成できるかが当面の課題です。過去の自分を乗り越えて未来をつくろうと考えた大きなきっかけは、AIの出現だったからです。僕にとってコロナ禍前とBeyond AIの大きな違いは、一人で試行錯誤しながら進めていた制作プロセスにAIという片腕が加わったことです。きちんとした方針があれば、AIを巻き込んでさらに創造の深みに行ける、表現の幅が広がると実感していていますがやってみないとわからないことです。最近、「宇宙蝶々」をAIと一緒につくって、何世代も進化させて5億年後の姿を創作しました。

 

 ぜひ見てみたいです。

 

河口 それから僕は創作プロセスに宇宙天文学者とか進化生物学者に参加してもらって、思考や発想で刺激を受けながら新しいクリエイティブを探りたいと思っています。今、本当に純粋にクリエイティブに没頭できる時間は貴重です。AIと一緒に新しい生命体をつくって、宇宙旅行に行って月面にその生命体を生息させるなど、昔ならとっぴおしのない話だけど、AI時代にはそれも不可能ではない。そういうことを考えるとワクワクしますね。

 

 宇宙というのは河口さんらしいスケールの大きな話でこちらもワクワクしますが、もうちょっと身近な部分ではどうでしょうか?

 

河口 そうですね、CGだけでなく立体物をつくってみたい。立体作品の臨場感は良いです!

 

 いただいたプリントにはすでに立体作品、それも空間を埋め尽くすような巨大なものがありますが、これはCGなのですか?

 

河口 実物の立体作品も創作しましたが、ここにあるのはCGです。

 

 本当ですか? リアル空間に置かれた本物の立体作品にしか見えません。実際に開催された展覧会の一場面かと思いました。

 

河口 実物をつくったら費用もかさむし、保管スペースを確保するだけでも大変です。今のデジタルテクノロジーを使えばここまでリアルに表現できるわけです。AIが空間をシミュレーションして、その中に作品を設置して光や影などは条件に合わせていくらでも挿入できます。実物で実現することは難しいけれど、AIを駆使すればいろいろな場所に限りなくリアルに時間と空間を体験させることができるのです。

 

 

河口洋一郎 資料

送風機で空気を送り続け膨らみを保つ構造のソフトスカルプチュア「Cracco」も制作 2016年

 

 

 ぜひ実現させてください。ところで、今年は河口さんの活動50年なのですよね?

 

河口 そうですね。今年は50周年にあたるので、新たな形式の展覧会とか出版に挑戦したいところです。

 

 どんな展覧会にしたいですか?

 

河口 もともと僕の基本はデジタルCG映像でが、コロナ禍中に1×2メートルのサイズに切ったロール紙に油性色鉛筆を使って肉筆画を描き始めて、その制作に日々没頭していました。だから同種の作品の肉筆画とCG画を並べて展示してみたいです。そういえば昔、僕のCGが注目され始めた頃、外国からの見学のお客さんたちにCGのプリントを差し上げると「肉筆のスケッチが欲しい」と言われました。人はやはりオリジナルの1点ものが欲しいのかなあと思って、国内外の長距離移動のときなどにスケッチブックを持ち込んで肉筆画を描いて少しずつためていました。それに美術館とか画商、研究施設になるとCGよりも肉筆画の価値があるだろうなあと感じたのです。それがコロナ禍になって、誰にも会えないし飲み会もなくなったので、アトリエに籠って肉筆画を100点以上完成させました。

 

 

河口洋一郎 資料

河口による肉筆画

 

 

 それはすごいですね。

 

河口 基本的には右手にデジタルなCGを左手にリアルな肉筆画を、この両方をバランスさせるところに楽しみを感じています。だから展覧会はCG映像が中心ではあるけど、肉筆画や立体オブジェなども展示したい。それからリアルな立体視3Dレンチキュラー作品もおもしろい。以前、過去の作品を2×1.5メートルくらいの大型レンチキュラー作品に再現して、ベネチアビエンナーレ‘95の日本館で展示してとてもよかったのです。こんな風にアイデアは限りなく浮かんできます。

 

*レンチキュラーレンズ(凸レンズが並んだ透明なフィルム)を通して見ることで、角度によって絵柄が動いたり変化したり、立体感(奥行き)が生まれる印刷物。カードやおまけなどに使われた。

 

 レンチキュラーと言えば、この春、アートディレクターの大貫卓也さんがトッパン印刷とのプロジェクトでレンチキュラーを使った作品を発表されていました。

 

河口 今では希少ですね。でもあの独特の立体感や物質性は魅力的だと思います。

 

 河口さんの展覧会は国内だけでなく世界各地で開催してほしいですね。

 

河口 欧米やアジアをアート&サイエンスでさらに盛り上げたい! 中近東もちょっと注目ですね。

 

 ぜひチャレンジしてください。最後に、河口さんの作品やアーカイブは今どのような状態ですか?

 

河口 デジタル作品はコンピュータの中に、肉筆画や立体作品は倉庫に保管していますが、アーカイブとしての整備や具体的にはこれからですね。とにかく今までは創作に集中したいと考えてきたので‥‥‥。

 

 河口さんは日本のCG界を切り開いたパイオニアですから、その作品や資料を保管することはとても重要だと思います。デジタル作品はメインテナンスが欠かせませんが、ぜひお願いします。今日はポジティブなお話を伺えて元気をいただきました。ありがとうございました。

 

 

 

河口洋一郎のアーカイブの所在

問い合わせ先

河口洋一郎芸術科学研究所 Contact@kawaguchi.com