日本のデザインアーカイブ実態調査

DESIGN ARCHIVE

University, Museum & Organization

金沢工業大学 建築アーカイヴス研究所

 

インタビュー:2019年7月9日 13:30~15:30
取材場所:金沢工業大学 建築アーカイヴス研究所
取材先:山崎幹泰さん(建築アーカイヴス研究所 所長/金沢工業大学 教授)
佐藤康二さん(建築アーカイヴス研究所 研究員)
インタビュアー:関康子、涌井彰子
ライティング:涌井彰子

Description

前書き

金沢工業大学(KIT)にある建築アーカイヴス研究所は、日本建築家協会(JIA)と金沢工業大学(KIT)との共同により設立された「JIA-KIT建築アーカイヴス」の資料を所管する機関として、2007年に設立された。以来、12年間にわたり、建築関連資料を収集し、保存、整理、調査を重ねている。前回、2017年1月に訪問した折には、研究所の概要を伺うとともに、キャンパス内に点在するアーカイブスの保管庫を拝見させていただいた。
そこには、資料の1点1点が丁寧に整理され保管されている部屋がある一方で、まだそこまで整理できる段階に至らない、大量の段ボール箱に覆い尽くされた部屋がいくつもあり、そのボリュームに圧倒された。これらの資料の山を、どのようなかたちで受け入れ、どのように管理しているのか。整理に携わる人員とスペースをどうやりくりしているのか。アーカイブスを送る側が、ひと手間かけるだけで少しは作業が軽減することはできないのだろうか。そうした現場の状況を知るために、再び訪問させていただき、アーカイブスの受け入れから整理、活用方法まで、現場の状況を伺った。

Interview

インタビュー

誰かががんばって残してきたものを、すくい取って残す
そのために、細く長く続けられるようにしています

大量の資料を管理するには段階的整理が必要

 昨年の1月に訪問した際は、竺覚暁先生から建築アーカイヴス研究所の全体的な取り組みに関するお話を伺いました。今回は、具体的なアーカイブスの整理法や今後の課題などについてお聞かせいただきたいと思います。

 

山崎 2007年に建築アーカイヴス研究所が設立されてから10年目という節目を機に、私が所長を引き継ぎました。竺は顧問として現在も関わっております。アーカイブスの整理に関しては、専任の研究員である佐藤が日々携わっておりますので、彼から具体的な話をさせていただき、私はそれを補足するかたちにしたいと思います。

 

佐藤 私が日々行っている仕事の大まかな流れは、こちら(以下の図)に示している通りです。まず一時整理として行うのが、資料受入台帳の作成。この段階では、大量に届いた段ボールに箱番号を記入し、保管場所、寄贈者名、段ボールの個数、受入日を記録したファイルを作成します。そして、この台帳を段ボールの写真とともに寄贈していただいた方に送り、間違いなく受け取った旨を報告します。これらは、可能な限り受け入れた当日に行っている作業です。
次の段階で、受け入れた段ボールを開封します。段ボールの中には、図面ファイルや筒などが入っているので、その一つひとつに箱番号を付け、それぞれの箱に記されている内容物の情報を記録してリスト化します。ここまでが日常的に行っている作業です。

 

山崎 このリストを確実につくっておけば、外部から資料の有無に関する問い合わせにも対応できますので、ここまでの段階では、箱に書かれている内容と実際の中身との照合は行いません。その先の整理については、本学の学生が研究に使用する場合や、外部の研究者が調べにいらしたときに、ついでに整理してもらうかたちで進めているので、引き合いのあるものは整理が進みますし、そうでないものはそのままの状態が続くことになります。また、私のゼミの学生や、他の研究のゼミで学生を使って整理することもあります。

 

佐藤 そのときに、ファイルや筒の中身を確認して、図面に書かれている作品名、日付、担当者名、図面種別などを抽出してリストを作成します。さらに、それらを作品ごとに分類してリスト化して、段ボール箱から中性紙保存箱に移し替える。このときに、中性紙保存箱のサイズを頭に付けた通し番号を新たに付けて管理します。そして最後にインベントリー(資料1点ごとのリスト)を作成するという流れです。

 

金沢工業大学資料館

1. 資料の受け入れから1点ごとに整理するまでの段階を表した図
2. 二次整理を経て、内容物ごとに分類された資料のリスト(図の5-3に該当)
3. さらに作品ごとに分類された資料のリスト(図の5-4に該当)
4. 整理の最終段階で作成されるインベントリー
 

 

 

 こうした整理手法を築くまでには、ご苦労が多かったと思いますが、佐藤さんはもともとアーカイビングに関する勉強をされていたのですか。

 

佐藤 いいえ。私は、もともと設計事務所で働いていたんです。それで、設計や施工などの現場の流れもわかるし、図面は手書きもCADもわかるので、適任だということでこちらに呼ばれました。当初は、1箱ずつ開封して1点ずつ整理するということだったのですが、資料の全貌を把握してからでないと、最終的な整理まで行き着かないということが、実践していくなかでわかりました。というのも、一つの段ボールの中に一つの作品が整理されて入っているわけではないので、すべて開けてみなければわからないからです。
例えば、一つの作品に1番から50番までの図面番号があるリストがあるとします。最終的にその作品の図面数が50枚だということは、すべての段ボールを開封して分別して初めて判明するんです。これが、特定の作品に絞って寄贈していただいた場合であれば、総数も多くないので、初めから1点ずつ整理することも可能なのですが、何十箱、多いときには100箱も未整理のまま届くこともあるので、そのやり方は不可能でした。

 

 作品名とプロジェクト名が異なる場合がありますよね。それを、最初から見分けることはできるのでしょうか。

 

佐藤 最初のリストをつくっている段階では、中身との照合はしないので判別できません。インベントリーを作成する段階で、作品発表をしたときの名前を作品名1、プロジェクト名を作品名2、というかたちで統一しています。

 

山崎 有名な建物でも、プロジェクト名だけではさっぱりわかりません。それで、プロジェクト名と作品名の照合リストを別につくっているのですが、そのためには内容の分析までやらなくてはいけない。ですから、最初のリストを作成する時点では、図面に書いてある名称や、外の袋に書いてある名称をそのまま記録しています。

 

金沢工業大学資料館 金沢工業大学資料館

5. 中性紙保存箱に収納された図面 

 

 

受け入れ前の現地確認で実態を把握

 資料を受け入れる前の段階で、どんな内容のものがどれくらいあるのか、どのように確認されているのですか。

 

佐藤 できるだけ現地に行って、どれだけのボリュームの資料が、どういう状態で保管されているのかを確認するようにしています。われわれは、寄贈者の意思を尊重して、可能な範囲で受け入れるようにしているので、建築家ご本人が寄贈したいものを選別してくださる場合は、ひじょうに助かるのですが、ご本人が亡くなっている場合、ご遺族もお弟子さんも何を残せばいいのかわからないというケースも少なくありません。 先方で見繕って送ってくれることもあるのですが、何もかもすべて送られて来られる場合もあるので、そうなると収蔵庫を確保することがひじょうに大変です。ですから、現地に行ってどういったものがあるのかを確認して、なるべく残したいものだけを寄贈してくださいというお願いはしています。
また、現地確認ができない場合は、事前に資料のリストがあるかどうかを確認したり、資料の写真を送ってもらったりします。

 

山崎 ご自宅と設計事務所を兼ねた建物の地下に、図面や書籍のほか、趣味で蒐集したコレクションなどを保管している建築家の方がいらしたのですが、その書庫をご本人に案内してもらって、今回預けたい図面はこれとこれ、と直接教えていただいたことがあります。その場でおおよそのボリュームを把握できたので、運送会社に見積もりを出してもらう段階まですぐに話を進めることができました。
また、ご本人が亡くなられている例ですと、ご自宅を兼ねた設計事務所が生前のまま残っていて、ご遺族もお弟子さんも、どこまでが寄贈の範囲なのか把握できないということがありました。このときは、OBの方がつくられた資料リストがあったのですが、図面は棚に放り込んだままの状態なので実物と照合できず、実際のボリュームが予測できませんでした。それで、もう少し整理を進めてもらってパッケージができるまで、だいぶ長いやりとりをしました。
最近では、ご本人が亡くなられた後、ご自宅で資料を保管して整理されている奥様と事務所のOBの方が、寄贈に関する相談にいらしたことがあります。そして、こちらの保存状況などを直接見学していただいたり、われわれが現地に行って実物を確認したりするやりとりを昨年の春頃から続けて、今年になって資料が届きました。

 

 そうしたやりとりは、1件当たりどれくらいの時間がかかるのですか。

 

佐藤 だいたい1~2年ですね。

 

 それは長いですね。逆に、現地確認ができないのは、どのようなケースですか。

 

山崎 時間的に余裕がない場合です。どうしても急ぎだという場合は、資料の写真を撮っていただいて、そのボリュームを受け入れられるかを確認してから送ってもらうこともあります。例えば、事務所を引き払う日が迫っていて、それまでに間に合わなければすべて処分されてしてしまう、ということがあったのですが、こちらも急には伺えないので、とりあえず緊急避難として送っていただくことになりました。

 

 そうした場合、あらゆるものが送られてくるわけですから、相当な量になりますよね。最も多いときで、段ボール何箱分くらいになるのですか。

 

佐藤 100箱くらい届いたこともありました。

 

金沢工業大学資料館

6. 寄贈された資料が集められた保管室 

 

 

残すものと処分するものの選別

 できるだけ寄贈者のご意向に沿うとのことですが、受け入れていないものはありますか。

 

山崎 本は、基本的に受け入れていません。本学の図書館にない本は図書館に収蔵して、設計作品や作品集などアーカイブとして必要なものは残しますが、ほかは処分しています。受け入れないというよりは、処分することを事前にご了承いただいたうえで、資料と一緒に送ってもらうことが多いです。

 

佐藤 一番多いのは、ご自身の作品が掲載された雑誌ですね。

 

山崎 それと、デジタルデータは基本的には受け入れていません。研究所の設立の趣旨は、手書きの図面が失われている状況のなか、それらを残していこうというのが前提なので、基本的にはスケッチなどの手書きの図面と、それに関係する資料を対象としています。デジタル化した以降のものに関しては、手書きのものと一緒に預かることもありますが、やってみるといろいろと問題も出てくるので、今のところは対象としないという方針にしています。

 

 建築写真はどうですか。

 

山崎 工事写真などはアーカイブスとして残していますが、写真の著作権もいろいろ難しいので、建築写真は集めていません。展示会などで図面を展示するときなど、建築写真が必要なときは「DAAS」というデジタルアーカイブスの組織に協力していただいています。

 

 図面以外のものも受け入れるケースは多いのですか。

 

山崎 図面だけなく、プライベートなものも入って来ることは多いです。ご本人が亡くなられてご意思がわからず、一切合切の資料が送られてきた場合でも、その方の人物像が見えるものなどについては基本的には受け入れて、展示会などで図面と併せて展示することもあります。逆に、ご本人がこれとこれだけを遺してほしいと希望される場合は、その範囲でお預かりしますので、こちらからこれを寄贈してほしいとお願いするようなことはありません。

 

 手書きの図面は、デジタル化されるのですか。

 

佐藤 本学の学生が論文に使うときや、展示会などを行うとき、外部の閲覧者からの依頼に応じて複写や撮影をすることはありますが、初めからデジタルデータ化することはしていません。先ほどお話ししたように、段階を経てからでないとインベントリーをつくることができないので、それより前にデジタルデータ化しても、それがどこの何なのかがわからないので。

 

山崎 研究所を立ち上げたときには、地方に寄贈することがデメリットにならないように、デジタルデータベースをつくって、いつでも見られるように公開することを最優先事項として考えていたのですが、実際にやってみると最初からいきなりはできないということがわかったのです。

 

寄贈する側が事前にしておくべきこと

 予算も人材もスペースも確保するのが難しいなかで、受け入れる側の負担を少しでも軽減するには、預ける側が事前に準備をしておくことが重要だと思うのですが、寄贈者が最低限これだけはやっておいてくれると助かる、ということは具体的にどのようなことですか。

 

佐藤 まず、残したいものとそうでないものについて、ご本人がセレクトしていただけると助かります。ご本人が意思を伝えないまま亡くなってしまうと、ご遺族もお弟子さんも、心情的にすべて残したくなるものです。かといって、これだけのスペースが必要なのですから、自分たちで全部引き取るわけにもいきませんし、セレクトしようにも、ご遺族が建築について何も知らない方だったら、何が大事なのかもわかりません。そうしたことが、残された方々みんなの苦悩になってしまうので。

 

山崎 捨てられるものの中には、別の人から見れば価値のあるものがあるかもしれないので、本来は全部残せることに越したことはないのですが、数が多すぎると大切なものまで埋もれてしまいます。そうすると、たくさんあってもないのと同じことになってしまうので、これだけは絶対に残してほしい、これは可能であれば残してほしい、というように分別しておいていただけると助かるという思いはあります。
また、どこの設計事務所でも、一つのプロジェクトが終わると、重要なものだけを残して必要のないものは処分して、次の仕事に入っていきますよね。そうやって日々資料を整理し続けてきたものが最後まで残っていて、最終的にうちが預かるようなかたちになっているわけです。その仕事の流れ自体がアーカイビングなので、新しく箱に詰め替えたりするよりも、仕事のときに整理してきた状態のまま、こちらに持ってきていただけるのが一番ありがたいなと思います。

 

佐藤 それと、業務台帳のようなものがきちんと残っていると、アーカイビングに役立ちます。まめに記された業務台帳には、プロジェクト名、場所、設計期間、施工期間、設計した担当者、施工したゼネコン名、設計管理金額、工事請負金額など、誰が、いつ、何を、どこでやったのかという手がかりがすべて書かれていますから。

 

 送るときに、最低限やっておいてほしいことは、どんなことですか。

 

佐藤 一つひとつのダンボールの中に、何が入っているのかがわかるようにしてもらえると助かります。さらにできるようでしたら、箱の中に入れた内容物ごとのリストがあれば、すぐにインベントリーを作成できるので、ひじょうにありがたいです。

 

スペースの確保と費用対効果の問題

 研究所の立ち上げから12年が経過して、これまでに感じた一番の問題点はどんなことですか。

 

山崎 やはりスペースの問題です。整理を進めれば進めるほど、容量は増えて行くので、そのたびに場所を確保しなければいけないという問題があります。段ボールにぎっしり詰められた状態から、中身を開けて中性紙保存箱に入れ替えると、3倍の量になるので。
立ち上げの時点では、すでに重要な建築家の方が亡くなられていて、すでに捨てられてしまったものもあるだろうし、CADへの移行によって新たに手書きの図面が生み出されることは二度とないので、ある程度で頭打ちになるだろうと予測していました。実際に、この12年で爆発的にボリュームが増えてスペースがなくなるようなことはなかったのですが、それでも常に大学との交渉は必要です。当然、スペースを提供するに見合った成果を求められるのですが、アーカイブスは直接お金を生み出せるものではありません。ある程度のボリュームができて利用価値が高まれば、大学の宣伝効果になるということで、なんとかスペースを確保している状態です。

 

 JIAから資金は出ていないのですか。

 

山崎 資料整理に関する費用は、すべて大学が負担しています。ですから、できるだけお金がかからないようにやっていくしかありません。だから全部は整理せず、まずは捨てられないように避難させることを第一としています。今でも捨てられずに残っているものは、たまたま運がよかったか、誰かががんばって残してきたものだと思うので、せめてその分だけでもすくい取って残していけるように、細く長く続けられる方法を考えています。

 

 これまでに、トラブルなどはありませんでしたか。

 

山崎 今のところはありません。うちでは先に寄贈契約をしてから整理を始めるので、揉めることがないということもあります。これが、寄託として預かると、整理をしてから寄贈の範囲を決めて契約することになるので、整理をするまでの期限を定めなくてはなりません。そうなると量が多いものは受け入れられない。ですから、うちでは寄贈契約にして、その後の整理はこちらに任せていただいているので、現在のようなかたちでやれているんです。

 

佐藤 それも結局は、事前に保管場所を見に来ていただいたり現地確認に行ったりして、お互いが行き来しながら信頼関係をつくっているからだと思います。

 

金沢工業大学資料館

7. すでに整理が終わった、相田武文の「積み木の家Ⅷ」の図面 

 

 

アーカイブスの活用法と今後の展望

 こちらのアーカイブスは、論文のほか展示会や教材などにも活用されていると伺いました。それは、大学が求める成果の一つではないかと思うのですが、現状はどうなのでしょうか。

 

山崎 展示会は、大々的にやっているわけではないので、まだそこまでのPRにはなっていません。教材としては、図面を模型をつくる実習に利用しています。また、設計図面をトレースして製図の参考にするといいという意見もあります。けれども、ひと昔前の建築家の作品なので、今の学生からすると図面の書き方の勉強になっても、デザインとしては今の流行とは違うんですね。ですから、直接的に教材として活用できているかというと、そこまではまだ行っていないかなという思いはあります。ただ、アーカイブスをもち続けていくことによって、いずれ価値を生むだろうと思っています。顧問の竺が長年集めてきた「工学の曙文庫」という稀覯本のコレクションも、30年以上経ってからようやく巡回展を行って全国的に知られるようになりましたから。

 

 大学がアーカイビングに取り組む一番の狙いはどんなことですか。

 

山崎 研究中心の大学と教育中心の大学がありますが、本学は教育に力を入れている大学なので、預かった資料を研究目的だけでなく教育に利用するというのが一番の目的です。学生にとっては、自分たちが将来扱わなければいけない図面や書類を実際に目にするだけでも、生きた教材になりますので、模型をつくることも含めて、教育として還元しています。

 

佐藤 まさに百聞は一見にしかずで、学生が整理がてら丁寧にリストをつくれば、卒業論文を書くときにも役立ちますし、就職後の現場では、これだけたくさんの書類が必要なのだということがわかるので、それだけで十分勉強になるんです。だから、外部からの問い合わせがあったときも、まずはこちらに見に来てくださいと言っています。

 

山崎 常駐者が一人いるということはとても大事なことです。研究は教員と兼務でもできますが、問い合わせにすぐ対応できる窓口は必ず必要で、それが寄贈していただく方の信頼にもつながります。預ける側としては、寄贈したらそのまま二度と出してもらえないのではないか、ということが一番の心配事なので。

 

 整理を手伝っている学生の中に、アーカイビングの勉強がしたいという学生はいませんでしたか。

 

山崎 これまで大学院に進む学生には、アーカイビングの手伝いをさせてきたのですが、今は景気がいいので就職先にも困りませんから、これで食べていこうという学生はいませんね。大きな組織内のアーキビストとして、会社の資料を日々整理する仕事が成立するような環境ができれば、違ってくるかもしれません。ただ、大学では難しいので、それは民間企業のほうに期待したいところです。

 

佐藤 ゼネコンなどの大手企業には、社史をつくるような管理部門や現場にそういう人がいて、マニュアルで最低限残すものが決められていますからね。個人の設計事務所は、一つの仕事が終わったらすぐ次に移らなければいけないのでそんな余裕はありませんし、担当者によっても整理の仕方が違ってしまいます。

 

山崎 専門家になる必要はありませんが、うちで勉強した学生が、そういう縁の下の力持ちの仕事の大切さを知って、設計事務所に入って仕事をするようになったときには、率先して手を挙げてアーカイブスの整理をして将来は大学に寄贈する、というかたちで企業と大学と結んでくれる立場になってくれればいいですね。

 

 その通りだと思います。本日は、アーカイビングの現場の貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。貴重な資料を埋もれさせないためには、ご本人が自身のアーカイブスに対する意思を明確にしておくことと、資料を送る際には、段ボールに詰めた内容がわかるようにしておくことが、ひじょうに大事だということがよくわかりました。

 

 

 

 

金沢工業大学 建築アーカイヴス研究所のアーカイブの所在

〒921-8501 石川県野々市市扇が丘7-1 39号館1階108室

金沢工業大学 建築アーカイヴス研究所 https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/archi

 

問い合わせ先

Tel:076-248-8714(ご担当:佐藤様)
Fax:076-294-6707

 

金沢工業大学 建築アーカイヴス研究所

竺 覚暁

 

インタビュー:2017年1月23日 13:30~15:00
取材場所:金沢工業大学 建築アーカイヴス研究所
取材先:竺覚暁さん、佐藤康二さん(同研究所研究員)
インタビュアー:関康子、涌井彰子
ライティング:関康子

PROFILE

プロフィール

竺 覚暁 ちく かくぎょう

同ライブラリーセンター館長、建築アーカイヴス研究所顧問

1971年~ 金沢工業大学助手、講師、助教授、教授などを経て
2007年~ JIA-KIT建築アーカイヴス資料所管・
      建築アーカイヴス研究所所長就任
2012年~ 国立近代建築資料館運営委員就任
2014年~ JIA-KIT建築アーカイヴス委員会NPO建築文化継承機構理事就任
2017年~ 建築アーカイヴス研究所顧問就任
1985年~1991年 MIT客員研究員、米国議会図書館国際研修員
1994年~1995年 日本建築学会理事・同図書館長

Description

前書き

石川県金沢市に隣接する野々市市にある金沢工業大学(KIT)は、学生たちの自主的な学びの支援態勢が敷かれた「教育付加価値の高さ」で認知されている。今回訪問した扇が丘キャンパスは、国立京都国際会館等の作品で知られる建築家、大谷幸夫(1924-2013)が設計した建物を中心に、時代やテクノロジーの進展に合わせて新キャンパスが増築されている。
今回インタビューに応じてくれた同大学建築アーカイヴス研究所顧問(取材時は研究所長)の竺覚暁さんによると「授業だけでなく課外活動支援も積極的で、自己開発センター、イノベーション&デザインスタジオ、アントレプレナーズラボといった施設も充実している。そのため学生の大学滞在時間が長く、年間300日は勉学に励める」環境が整備されているそうだ。
ライブラリーの充実ぶりも有名で、図書や雑誌だけでなく、国内有数のLPレコード・アーカイヴス「ポピュラー・ミュージック・コレクション」を誇っている。これらは学生だけでなく、一定の手続きをとれば一般市民にも公開されている。
この環境整備にあたったのが、日本では珍しい大学図書館のプロである竺さんだ。アメリカの議会図書館で図書館学を学んだ竺さんは、金沢工業大学の総合的なライブラリーセンターを企画。センターには竺さんのネットワークで集められた「工学の曙文庫」という稀覯本のコレクションもある。それらの中には、建築家垂涎のアルベルティの『建築十書』、パラディオの『建築四書』の他、自然科学と工学の歴史を変えたガリレイ、ニュートン、ファラデー、ダーウィンといった科学界の巨人による名著も保管されている。情報のデジタル化が加速する現在、これら稀覯本は人の創造力の偉大さを直に体感できる貴重な文化遺産である。
JIA-KIT建築アーカイヴスは、2007年、日本建築家協会(JIA)と金沢工業大学(KIT)の共同で設立された。JIA-KIT建築アーカイヴス資料を所管する建築アーカイヴス研究所は、日本では数少ない建築に関する資料の収集、保存、整理、研究、公開、活用、継承を目指して設立された高等専門研究機関である。

 

 

金沢工業大学建築アーカイブズ

Interview

インタビュー

建築アーカイヴス研究所の設立背景

 日本の建築は、建築のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞受賞者を多く輩出するなど、世界中から注目されています。ところが、国内にその貴重なアーカイヴを一堂に収集、保存、研究するめぼしい機関はありません。このような状況のなかで、金沢工業大学の建築アーカイヴス研究所の存在はとても貴重です。まず、その設立背景からお聞かせください。

 

 たしかに、日本の建築は国際的な評価を得ています。それは長年、地道な実績を積み重ねてきた結果です。ひとつの建築が生み出される過程の記録であるスケッチや図面、模型などは貴重な財産であり、後世に引き継いでいくことは、私たちの重要な責任であると考えています。ところが日本では建築アーカイヴの保存・継承はほとんどなされておらず、貴重な資料が失われ、散逸しつつあります。一度失われてしまったものはもとには戻りません。特にコンピュータが普及する以前の図面やスケッチは「紙に手書き」されたものなので一刻も早く手を打たなければなりません。
そこで、緊急避難的に日本建築家協会(JIA)を中心に、何とか手を打たなければならないという気運が生まれ、2007年、日本建築家協会と金沢工業大学(KIT)が協同して「JIA-KIT建築アーカイヴス」を開設、同時にJIA-KIT建築アーカイヴス資料を所管する拠点として本研究所が設立され、建築に関する資料を収集、保存、整理、研究、公開、活用、継承を目指し活動を始めました。

 

 具体的には建築に関わるどのような資料を収集、保存されているのでしょうか?

 

 アーカイヴは大きく3つに分類しています。ひとつはJIA-KIT建築アーカイヴスで、これは相田武文さん、大江宏さん、宮脇壇さんら建築家の図面や写真などの資料で、中には中村敏男さんが収集していたルイス・カーンら世界的な建築家のスケッチなども含まれています。ふたつ目は金沢市内にある歴史的建造物の関連資料で、図面の他に当時の写真などがあります。みっつ目はKIT独自の建築アーカイヴで、岸田日出刀さんの講義ノートや論文、本学が手がけた金沢市内の近現代建築の調査資料などです。

 

 建築家のアーカイヴに関しては、どのような資料を収集されているのですか? また、どのようにしてアーカイヴする建築家を選定されているのですか?

 

 資料は実に多岐にわたり、設計図面原図、スケッチ、模型、構造計算書、設備設計図面、写真、書簡、手帳、ノート、スライド、マイクロフィルム、契約書、書籍などです。
建築家に関しては、こちらが選定するというよりもむしろJIAとKITの建築アーカイヴス委員会のメンバーが会議を行い、運営方針や収集対象に加えて、JIA会員建築家への寄贈の働きかけなどを行ないます。そして申し出のあった建築家と協議をし、建築家とJIA-KIT建築アーカイヴスが双方で契約を取り交わした上で貴重な資料をお預かりしているという状況です。JIAは永続的にJIA-KIT建築アーカイヴスを企画・運営していくために「NPO建築文化継承機構(仙田満代表理事)」を2014年に設立しておりまして、ここに「JIA-KIT建築アーカイヴス委員会」が置かれているわけです。

 

 寄贈する建築家はどのようなことを期待しているのでしょうか?

 

 貴重な資料が一定のルールに沿って整理し、保管されること。さらに重要なことは、こうした資料をただ箱に入れて保管しているだけではなく、生きた資料として後世に引き継ぎ、また広く公開をして、もって建築文化の発展に活かしてほしいという気持ちなのではないでしょうか。私たちが目指していることも、まさに建築アーカイヴングを学問として研究し、定着させていくことです。

 

 実際、どのくらいの量の資料を収集されているのでしょうか?

 

 点数でいうとおよそ60万点。今のところ、26の建築家、建築設計事務所、建築関係団体から寄せられた資料です。主な建築家としては、相田武文(11作品)、山下和正(400作品)、川﨑清と鬼頭梓(各300作品)、黒川雅之(296作品)らで、設計図面原図やスケッチ、写真などとなります。

 

 

建築資料のアーカイヴングとは?

 

 アーカイヴィングとは具体的にはどのようなことなのでしょうか?

 

 いろいろな側面を考える必要があります。
第一に、建築資料の所在や状態の情報を得て、保存優先度の高いものから収集することです。さらに、劣化が予測される資料に関してはデジタルで記録し、公開はデジタルで行います。同時に原物の永年保存を目標に、修理・保管技術の開発を進めていくことです。第二は、膨大な資料を整理、データ化し、国内共通の検索システムを開発するなど、誰もが資料にアクセスできるシステムをつくりあげること。第三は、アーカイヴに関するデータベースをネット、展覧会や出版活動を通して広く公開して、誰もが建築のナレッジに触れ活用できるように、その利便性を高めていくことです。
さらに、第四は当然のことながら建築教育への活用方法を模索すること。本学では建築学生を中心にさまざまなプログラムが組まれています。第五には歴史的建造物や都市デザインに関して、実測調査、写真撮影などを行ない、その調査記録を蓄積していくと同時に、効率的な保管システムの開発も行なっていきたい。第六は、建築設計のプロセスに関わる情報や記録の保管、整理です。
そして最後は、まさに現在のデジタル技術を駆使して、多様な建築、街並みなどの三次元データ化とその有効活用を模索していくことなどです。

 

 それは膨大な労力と時間を必要とする作業ですね。

 

 はい。私たちの研究所だけですべてを進めていくことは困難ですが、さまざまな組織がネットワークを組んで取り組んでいけば、不可能ではないと考えています。実際のところ、段ボール箱でドカンと送られてくる膨大な資料を適正な状態で保管するだけでも大変です。さらに段ボールや図面ケースを開いて、図面や資料を一枚ずつ読み解きながら、プロジェクトごとに分類していくだけでも莫大な労力が必要です。現在は、建築アーカイヴス研究所の専任研究員である佐藤康二を中心に、学生にも参加してもらいつつ作業を進めていますが、なかなかな大変です。

 

 ここ建築アーカイヴス研究所は、JIA-KIT建築アーカイヴス資料を活用して、創設以降、建築家に照準を当てた企画展や講演会を開催していますね。昨年は積木の家シリーズで知られる相田武文さんの展覧会などもありました。パンフレットを拝見すると作品の展示だけでなく、ご本人による講演会や実作(積木の家X)の見学会など、多角的な取り組みはすばらしいと思います。

 

 アーカイヴスも大切ですが、実際の建築や建築家から得られるものはそれ以上に貴重なものですからね。

 

 

日本の建築アーカイヴの現状

 

 近年、以前よりは歴史的価値あるもの、文化的な遺産を継承していこうという意識が高まってきていると感じています。建築に関しては、パリのポンピドゥーセンター、ニューヨーク近代美術館などのコレクションが知られていますが、竺さんが知るかぎり、日本国内の建築アーカイヴィングはどのような状況なのでしょうか?

 

 日本国内には系統的に建築資料をアーカイヴしている組織はごく少数ですが、2012年に文化庁管轄の「国立近代建築資料館」が東京の湯島に設立されました。私も運営委員会のメンバーですが、建築資料に関する情報収集 資料の収集・保管、展示・教育普及、調査などを行なっています。

 

 企画展も開催していますよね? 昨年、吉阪隆正+U研究室を扱った「みなでつくる方法」という展覧会に行きましたが、模型や図面、吉阪さんを知る人々が登場するVTRなどを使った丁寧な構成で大変勉強になりました。2014年には「建築アーカイヴスをめざして」という企画展も開催されていますね。

 

 アーカイヴスの重要性はまさにそういう部分にありますね。何度も申し上げますが、貴重な資料を保管しているだけでは不十分で、それらを整理し、今日的なストーリーで再現して公開し、多くの人々に触れていただくことがアーカイヴスの目標であろうと思います。

 

 国立近代建築資料館の話が出ましたが、他にはどうでしょうか?

 

 京都工芸繊維大学美術工芸資料館の「村野藤吾アーカイブ」は、1996年に村野さんの遺族から5万点を超える図面などが寄贈され、建築史家としても活躍されている京都工芸繊維大学の松隈洋教授を中心に整理、公開が進められています。2000年以降は資料の整理・調査の一環として「村野藤吾建築設計図面展」なども開催しています。同資料館はもともとアール・ヌーヴォーのポスターなどの美術品などを収蔵していましたが、村野アーカイブは近現代の日本建築に触れることのできる貴重な資料であります。
他には、デジタル技術を活かして「建築・空間デジタルアーカイブス」、通称DAASがあります。大手の建設会社や建築設計事務所や建築関係の諸団体がメンバーになっているコンソーシアムでして、これも私が運営委員を務めていますが、主として優れた建築作品の写真を蒐集してデジタル化して保存し、ウェブで公開するというものです。保存資料は必ずしも写真に限定されるものではなく、建築図面や失われてゆく優れた建築の画像による記録、名建築家のヴィデオ・インタヴューによる記録と公開も行っています。要は、貴重な建築資料をデジタルで整理、保存し、公開するデジタルのアーカイブスです。

 

 そもそも竺さんがアーカイヴに興味をもたれたきっけは何だったのですか?

 

 マサチューセッツ工科大学(MIT)への留学とアメリカ議会図書館での経験でした。アメリカの大学は24時間オープンで、学生たちがいつでも自由に学べる環境が整っており、日本の大学との差にとても驚きました。アメリカでは教授による講義と同じ程度に、図書館で自ら学ぶことが重要視されています。だから、どこの大学も図書館の環境整備には力を入れています。しかし、研究ということになれば、書籍のみではなく、図面や写真、さまざまな記録文書、データなどの一次資料を調べることが決定的に重要ですが、このような資料を保存、蓄積、整理して利用に供しているのがアーカイヴスです。MIT博物館にはさまざまな領域のこうした資料のアーカイヴスが整備されていました。アメリカでは政府も企業も大学もアーカイヴスを設置しています。私はMITの後、アメリカ議会図書館の国際研修員としてライブラリー・サイエンスを研究しましたが、この議会図書館は世界最大の図書館であると同時に、文化資料の巨大なアーカイヴスでもあったのです。建築のアーカイヴスもありまして、内務省の米国歴史的建築調査部(HABS)の膨大な実測調査資料や建築家の資料を保存していました。
ですからアメリカには各分野におけるアーキヴィストという職能が確立されていて、そこで建築アーキヴィストも全米にいて、その学会もあります。現在、議会図書館の建築アーキヴィストとして活躍しているのは日本人女性の方です。私はKITでは建築のみならず、音楽(レコード、雑誌など)や貴重な古書などの収集・保存などにも携わっています。建築アーカイヴスはもちろんですが、「人類の知の蓄積」としてのライブラリーの可能性を探っていきたいと考えています。
引き続き、建築アーカイヴスをどのように収納、整理整頓しているかについては、専任の研究員である佐藤康二から説明させていただきます。

 

 

建築アーカイヴの整理・保存

 

 資料の収蔵のために専用の建物があるのですね。

 

佐藤 基は別の目的で使用されていた建物を、大学が建築アーカイヴス保管のために購入し、リノベーションして使っています。

 

 具体的にはどのように保存、整理されているのでしょうか?

 

佐藤 先ほど竺から説明があったように、資料は図面やスケッチ、写真、模型など多岐にわたります。建築の図面がなどはトレーシングペーパーに手書きされたもの、感光材を使用した青焼きなどが多く、破損などの劣化が進んだものも多くあります。特に丸めて保存されていたものは、広げただけで破れたり、粉々になってしまうので要注意です。
まず、それらを丁寧に広げてプロジェクトや年代によって分類・整理していきます。そして必要であれば修理を行い、最終的には中性紙保存箱に納めていきます。保存箱は本研究所のオリジナルでサイズはA2からA0まであって、図面のサイズに合わせて使い分けています。整理には莫大な労力と根気が求められます。何しろ、初めて対面する図面やスケッチを一つひとつ読み解き、前後を関連付けながらアーカイヴとして整理していかなければなりません。

 

 今は佐藤さんお一人でなさっているのですか?

 

佐藤 専任は私一人ですが、幸い本学の建築学科の学生にも参加してもらっています。ただ、もっと効率を上げていくには、組織やシステムなどの拡充が必要かもしれません。

 

 整理が済んだ資料はどうのように保管、活用されるのですか?

 

佐藤 ある程度、整理の見込みがたつと、企画展や講演会を企画して、学生や一般の方々にも建築アーカイヴスに触れる機会をつくるようにしています。また、本学の「夢考房建築デザインプロジェクト」の学生たちは、プロジェクトの一環として図面から模型を制作することを通して、二次元から三次元への世界を表現する力を養い、同時に建築の先輩たちの設計思想や手法を学ぶ貴重な教材としても役立てています。また、設計プロセスの記録でもある図面を読み解くことで、設計の過程を追体験しながら建築物を復元することは、建築への共感力を育むことにもなるようです。

 

 とても丁寧なお仕事に感銘を受けました。ありがとうございました。

 

 

 

金沢工業大学建築アーカイヴス研究所の所在

 

問い合わせ先

金沢工業大学建築アーカイヴス研究所 http://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/archi/

 

参考

国立近代建築資料館 http://nama.bunka.go.jp/

京都工芸繊維大学美術工芸資料館 村野藤吾の設計研究会 
http://www.cis.kit.ac.jp/~mrtg02/contents/muranokai.html

建築・空間デジタルアーカイブス http://www.daas.jp/