日本のデザインアーカイブ実態調査
DESIGN ARCHIVE
Designers & Creators
大貫卓也
クリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー
インタビュー:2025年6月23日 14:00〜16:00
場所:Onuki DESIGN
取材先:大貫卓也さん
インタビュアー:久保田啓子、関 康子
ライティング:関 康子
PROFILE
プロフィール
大貫卓也 おおぬき たくや
クリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー
1958 東京生まれ
1980 多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業 博報堂入社
1992 カンヌ国際広告映画祭グランプリ受賞
1993 Onuki DESIGN設立
2003 毎日デザイン賞受賞
2015 多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン科教授就任(~2024)
2022 亀倉雄策賞受賞
主な受賞
東京ADC賞・会員賞・会員最高賞・グランプリ、
カンヌ国際広告映画祭グランプリ・金賞・銀賞、
NY ADC金賞・銀賞など、受賞多数。
Description
概要
「大貫さんには『普通無理やろ』という要望を通す超能力が備わってるんです」とは、カップヌードルのCMで大貫とタグを組んだ中島信也(CMディレクター)のコラムの一説だ。その言葉通り、「史上最低の遊園地」と揶揄った「豊島園」、マンモスと原始人で食べることの原点を表現した「カップヌードル」、オリジナルのペプシマンと映画スターウォーズのキャラクターたちが躍動する「ペプシコーラ」、キャメロン・ディアスの笑顔が新時代の到来を予感させた「ソフトバンク」、日本女性の美しさを正攻法で伝達した「資生堂 TSUBAKI」、そしてスノードームの白い鳩が真っ黒な灰に覆われる「ヒロシマアピールズ」など、大貫卓也が生み出してきたアドバタイジングはどれも受け手に直球のメッセージを投げてくる。
そればかりでない。大貫はアドバタイジングにおける新しい手法を数多く生み出した。例えば、キャンペーンの一環として数々のノベルティやキャラクターグッズを開発し、広告と連動させた。ペプシではペプシマンやスターウォーズのノベルティを求めて客が殺到した。新潮社の「Yonda?」では販促用の手描き風ポップ、書店の売り場のための「文庫本の額縁」を提案、グラフィックを取り入れたアートディレクター発想の文庫本「yom yom」など、新たな読者を開拓する原動力となった。大貫のアドバタイジングは印刷物や映像の2次元から飛び出し、「見るもの」から「体感するもの」に変貌させたのだ。
1980年代後半、日本が『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と称えられて祭りに浮かれた時代から、祭りが終わりデジタルの普及が人々の思考や行動を変えた時代にかけて、大貫は世の中を通底する冷徹な視線と、大胆なアイデアと、職人気質な緻密な表現力を武器に、人々の気持ちを「ドキュン」とさせるアドバタイジングを世に放ってきた。そのクリエイティビティと実績は圧倒的だ。
その源泉を探るために訪問した大貫の仕事場は、都心の住宅地の一角にあるコンクリート造りの要塞のような建物。一歩中に入ると周りの喧騒は遮断され、クリエイティブのための素材や材料が無造作に置かれ現場感にあふれていた。これだけでもかなりのインパクトなのだが、さらに驚いたのは、大貫自身がスタッフと同じデスクでコンピュータに向かっているではないか!
そのクリエイティブの現場の真ん中で、大貫の日本のアドバタイジングやクリエイティブについて伺った。作品同様、直球の回答にドキドキの2時間であった。
Masterpiece
代表作
企業広告 としまえん (1982-1995)
企業広告 ラフォーレ原宿 (1990-2003)
カップヌードル広告「hungry?」 日清食品 (1992-1996)
CI Jリーグ (1993)
CI FM横浜 (1995)
広告「Pepsiman」 ペプシコーラ (1996-2004)
新潮文庫「Yonda?」 新潮社 (1997~2013)
Expo 2005 Aichiロゴ 愛知万博 (2000)
CI と広告 ソフトバンク (2006~2008)
広告「TSUBAKI」、資生堂 (2006-2011)
ポスター「ヒロシマ・アピールズ」(2021)
著書
広告批評別冊7『大貫卓也全仕事集』1992 マドラ出版
『Advertising is Takuya Onuki Advertising Works 1980-2010』2017 グラフィック社
新装版『Advertising is Takuya Onuki Advertising Works 1980-2020』2022 CEメディアハウス
Interview
インタビュー
僕の仕事を100とすると、
アイデアが5%、着地させる作業が95%
アイデアだけでは成功はできない
厚さ6センチ!空前絶後の仕事集
ー 本日は広告界の風雲児、大貫卓也さんのクリエイティブの哲学とアーカイブについて伺いたく。最初に出版界を唖然とさせた仕事集『Advertising is - Takuya Onuki Advertising Works』(以下『Advertising is』)から始めたいのですが、まさに大貫さんのアーカイブの決定版でした。出版の背景は?
大貫 もう30年以上前になりますが、1992年に雑誌『広告批評』の別冊として『大貫卓也全仕事』という本を、天野佑吉さんと島森路子の強い勧めがあり出版しました。
ー 『大貫卓也全仕事集』は好評を博したのですね?
大貫 お陰様で。しばらくしてお二人から第二弾を出そうよと言われ続けていたのですが、忙しすぎてとても本づくりまで気が回らなかったのです。そうこうしているうちに2013年に島森さんが、その後天野さんも亡くなって宙ぶらりんの状態でした。けれど僕の心の中にはお二人からの宿題として存在し続けていたのです。結局、20年以上も経ってしまいました。
ー テキストも大貫さんが書かれたのですね
大貫 最初は天野さんのアイデアで僕が博報堂の若手デザイナーたちにレクチャーをしてその記録をテキスト化することにしたんですが、何度かやってそれでは内容が表層的で中途半端になってしまうということでボツになった。それならいっそ僕自身が書いたほうが早いんじゃないかなと。
ー 『Advertising is』は第一弾から四半世紀がすぎて2017年に満を持して出版され、2018年の東京ADC賞で受賞されました。
大貫 『大貫卓也全仕事集』と同じように全仕事を掲載するという方針で準備にとりかかったのですが、仕事量が膨大で作品の現物を整理するだけで何年もかかってしまいました。
ー 本を拝見して、あれだけの量の仕事をよくぞ整理されたと思いました。
大貫 出版社から高額な広告作品集は売れないと言われました。過去の類似販売データを見せられたのですが、実際広告関係の作品集はあまり売れていなかった。というか、広告が世の中で元気がなくなってきた時期でしたからね。デザインという言葉を全面に出したお手頃な本ならたくさん売れると言われました。何事も否定から入る僕としては「広告作品集は売れない」と言われて大いに刺激されたわけです。だったらデザインという言葉で誤魔化すのはやめよう。あえて広告という言葉にこだわろう、あえて電話帳のような分厚い大袈裟な本にしよう、と決めて、そこから紙質、ページ数、文字の級数などの体裁を固めました。ページの8割をテキストにしたかったんですが、さすがに無理だと思って断念しました。それでも単行本の3冊分くらいのテキスト量はあります。1600ページ越えだし、文字も小さいさく量も多いので、普通の人は読まなくてもいいと割り切って、本当に読みたい人、わかる人だけが読んでくれればいいと、あえて時代に逆行してサービスしない本にしたわけです。
ー とは言え、2017年版『Advertising is』の2500冊はアッという間に完売して、2022年に再販されてようやく手に入れることができました。装丁もびっくりですが話題性も含めてさすが大貫さんの本だと思いました。さらに驚いたのは、本の後半、1630ページのうち250ページほどに手書きのコンテやスケッチが惜しみなく掲載されていたことです。読者としては完成品だけでなくその裏側を見たいですから。


電話帳のようや圧倒的なボリュームの『Advertising is』。ページ後半には手描きのコンテやスケッチが満載。写真はラフォーレ原宿とペプシコーラのためのスケッチ(『Advertising is』から)
大貫 『大貫卓也全仕事集』のときもラフスケッチが特に好評だったし、僕自身もラフやスケッチは捨てないで保管していたので役立てることができてよかったです。
ー 大貫さんはご自身の作品や資料の保存についてはどうお考えですか?
大貫 『Advertising is』出版のために作品の現物や手書きのラフスケッチなどを意識して保管していました。
ー 亀倉雄策さんはスケッチを捨てていたようですが、葛西薫さんは細かいスケッチまで残しているとおっしゃっていました。広告はポスターやロゴマークとは違って何年も何シーズンも継続するし、CMやグッズ、看板とメディアの広がりもあるし、制作過程でのコミュニケーションツールとしてラフやコンテが重要なのですね。
大貫 広告を考える過程、ゲームのようなほとんど遊びみたいな舞台裏を若い人に臨場感満載で伝えるためには、完成品だけでなくて途中経過を見せることは大切です。
ー そうしてできた仕事集はまさに「電話帳」の質量で、大貫さんの思い入れがずっしりきました。
大貫 今の広告業界は元気がなく深刻な状況ですが、「デザイン」という言葉を救世主のように使って煙に巻いているように感じています。だから僕は意地でもデザインという言葉を使わないぞ、あえて本のタイトルは『Design is』ではなく『Advertising is』としたのです。メディアやスタイル、手段は変わっても、広告というコミュニケーションの本質は決して変わらない。そんな気持ちで広告業界へのエールをおくったつもりでした。
ー 『Advertising is』はアートディレクター大貫卓也の成長の記録でもありますね。
大貫 僕がこの業界に入った頃は広告クリエイティブが大変もてはやされていました。しかし、その状況にいまひとつ確信を持てていなかったんです。だったら自分が考える正しいアートディレクターになってやろうと今まで真剣に仕事と対峙してきました。この姿勢は今も変わっていません。『Advertising is』では、僕のアートディレクターとしての歩みと葛藤を『新しい表現を追い続けていた時代』『結果を出すことに徹していたビジネスの時代』『表現に目的意識を強く求めた志の時代』の三部構成でまとめています。
ー まるで議事録のような克明な記述で大貫さんの記憶力には驚きましたし、デザイン論としても第一級だと思いました。
大貫 僕は「こんな感じだよね」「こっちの方がキレイかな?」といった曖昧なイメージで仕事を進めません。アイデア、デザイン、ビジュアル、コピーすべてに理由があり、仕事の一部始終を克明に記憶しています。ですから、今までやってきたこと、考えてきたことの全工程を忠実に再現しただけで、テキストに主張や提言を込めることなく事実を反芻したにすぎません。
ー あの膨大な情報が頭の中にインプットされているということですか?
大貫 仕事では一つひとつ考えぬいて制作プロセスを論理的に構築しているので、すべてに理由と裏付けがあるから、いつでも思考の抽斗から引っ張り出して説明できるのだと思います。それに広告の仕事をしていると常に他人を説得しなければならないので、テキストは自然と書けるようになります。「てにをは」の使い方も曖昧なのに、あれだけの量のテキストを書き上げたことに自分でもびっくりしました。
ー 後半のラフスケッチでは広告制作の舞台裏を追体験できます。
大貫 ただ昔のスケッチは手描きだったけれど、デジタル以降のものは本に載せてもなんかおもしろくないんですよね。
完成イメージが確実に読める
ー 現在、大貫さんは最初からデジタルでデザインなさるのですか?
大貫 コンピュータでは手描きのスケッチを飛ばして、最初から本番に近いものをつくる方が圧倒的に早い。とは言っても思考プロセスをたどることは大切なので、ラフデータのストックは膨大でファイルは狂気じみています。Illustratorが出てきたときも思ったけど、コンピュータは思考をどんどん拡大していくから際限がなくなってしまう。僕の場合、仕事全体を100とすると、アイデアに費やすのは5%くらい、それを着地させる作業が95%。アイデアだけでは成功はできないんです。
ー それはパズルのピースを一つひとつ嵌めていくという感じですか?
大貫 いや、一枚の絵を手描きで隅から隅まできっちり描き込むという感じ。僕は完成イメージが確実に読めると自負しています。そのイメージ通りに定着させるために細部まで徹底してこだわるので、仕事量は半端ないです。単純なアイデアこそ緻密さが求められます。

カップヌードルのための絶滅哺乳類などのスケッチ。手を動かす時間が一番楽しく、隅から隅まで自らスケッチを描くという。(『Advertising is』より)
ー 「神は細部に宿る」とも言いますね。そういう大貫さんの感覚は生まれ持ったものですか?
大貫 いや、違います。僕の中に蓄積している山のような情報とそれを入れる半端ではない抽斗の数だと思います。中高大学時代からとにかく新しいものが好きで誰よりも好奇心や憧れが強かったので、ものすごくたくさんの物事を見聞きし、体に沁み込んでいます。現在は情報や商品が溢れているけど、ネットでちょっと見て知った気分になっているだけで、実際には何も入っていない。「ドキュン!」と魂を撃ち抜かれるような体験こそが重要で、僕はドキュン!の回数が人一倍多かったのでたくさんの抽斗があるんだと思います。しかし、よく考えてみれば幼少期から図鑑が大好きだったし、観察力と好奇心は人一倍あったかもしれません。
ー 抽斗から有効なものをチョイスして組み合わせているということですか?
大貫 僕はモノや情報が溢れている現在では、もはや純粋なオリジナルは存在しないと考えています。だからたくさんの要素から何を選んでどう組み合わせるかという「目的のための編集力」こそが重要で、それが今まで自分が培ってきた選択眼と美意識の「癖」として表出してくる、これが自分独特のセンスということになります。
地盤沈下するクリエイティブ
ー 昨年(2024年)、世田谷美術館で展覧会(「ミュージアム コレクションⅠ アートディレクターの仕事 ―大貫卓也と花森安治」)がありましたが、大貫作品がコレクションされたということですね?
大貫 展覧会は、作品がコレクションされたのを機に美術館主導で企画されたもので、僕は与えられた壁に対して作品を選んで構成しただけです。最初は過去の広告作品なんておもしろいのかなと思っていたけれど、ずらっと並べてみたら意外によかった。と言うのは、展示作品を眺めていると、たったひとつの広告のために惜しみない労力と時間とお金がかけられていた時代が蘇ってきた。こんな豊かな時代があったんだという感覚が自分でも新鮮に感じたわけです。単なる広告が熟成され歴史の記録に変貌していたってことです。それって、逆に言うと今の広告が単なる「チラシ」でしかないからでしょうね。印刷にしても以前のようなこだわりや技術は失せて、破綻のない均質なプリンター出力ですし。


2024年に世田谷美術館で開催された「ミュージアム コレクションⅠ アートディレクターの仕事 ―大貫卓也と花森安治」展。
現在、世田谷美術館には大貫のポスターなど108点がコレクションされている。
©世田谷美術館 撮影:上野写真事務所
ー たしかにあの頃のワクワク感はありません。
大貫 僕が仕事を始めた80年代は先輩たちがつくりあげた特殊な時代でした。純粋に新しさと表現の可能性を追求していて、世界的に見るとガラパゴス化した閉鎖的な状況のなかで日本独自の広告作品がたくさん生まれました。僕はそれを引き継ぎながら広告として機能的にして、さらに広告手段の枠組みを自由にしただけです。今の広告は言いたいことを一方的に言う新聞の折込チラシのようです。
ー 現在の退屈さの原因は何でしょう?
大貫 第一はクライアントでしょう、クライアントの意識。新しいクリエイティブにはデータでは説明しきれない部分があるんですが、クライアントは前例がないものをギャンブルとみなすわけです。何事もデータ優先で最初から結論ありきみたいな仕事が多いような気がします。背景にはリスクを恐れるあまり「成功よりも失敗しないこと」を優先させる風潮があって、データやエビデンスに基づいた判断しかできない人が多くなっている。失敗の責任を取りたくないから、広告は「チラシ」で十分なわけです。
ー 別の見方をすると、クリエイティブの人たちに決定権や権限がないということですか?
大貫 そうですね。いつの頃からかクリエイティブは単なる職人と化しています。かつてクリエイティブディレクターはアートディレクターであり、プランナーであり、マーケッターであり、販促のプロモーターであり、要はクリエイティブの中枢にあって大きな権限を持っていました。ところが最近はクリエイティブの役割が細分化されフラットになって、その目的は広告の成功や効果ではなくプロジェクトの効率化と失敗しないことです。たしかに現場がフラットになったことはよいことかもしれないけれど、みなが自分の範疇のことしか考えないから目先のことが優先されてしまう。
ー でも今となっては、ガラパゴス時代や大貫さんが仕事を始めた当時を知らない人も多いわけで‥‥‥。
大貫 その通りです。考え方によっては現在の方がノーマルなのかもしれません。テレビでハッとするCMはなくなったけど、そもそも広告はそれでいいのかもしれない。最近の広告はおもしろくないけど伝えたいことは理解できます。僕らが熱かった時代はクリエイティブが過剰すぎて意味不明な広告が多かったことも確かだし、広告が話題になったけど売り上げに貢献しなかったものも多々ありました。だからこそ僕はアートディレクターとして、話題になり、売り上げにも貢献する広告をつくることをポリシーとしていました。こんな風に言うと僕より以前の方々を否定しているようにも聞こえるけど決してそういうことではなくて、CMも時代によって役割や期待値が変化するということかもしれません。
クリエイションは否定から始める
ー 大貫さんの広告のアイデアの原点は何でしょうか?
大貫 僕の場合、クリエイションとは否定から始まります。なぜなら現状で良いなら変える必要はない、さらに言えば商品が良ければ広告はいらないとも考えています。広告のパワーで無理やり売り上げを伸ばすことだってあり得るのだから。
ー そういえば大貫さんは広告的発想の製品開発に関わられていましたね。例えば資生堂「TSUBAKI」のパッケージ、ソフトバンクモバイルのPANTONE®シリーズ、新潮社の小説誌「yom yom」や「マイブック」*など、アートディレクターの視点から生まれた製品だと受け取りました。
*日付と曜日しか入っていない。日記や手帳など使い方は自由で、自分でつくる本。大貫の発案で25年以上続くロングセラーとなっている。


ソフトバンク PANTONE®シリーズと新潮社の「マイブック」、「yom yom」、アートディレクター大貫の発想から誕生した製品
大貫 今でこそ、アートディレクターが製品に言及することがカジュアルになったし、デザイン提案を求める企業が増えてきたけれど、当時は広告の人間がその領域に踏み込むことはアンタッチャブルでした。僕の提案が実現したこともあったけど、そこに踏み込んだために仕事を辞めたこともありました。僕の場合、仕事を辞めた主な原因は成果が上がらなくなったからではなく、組織や仕組みといった問題の核心を変えようとして軋轢が起きたことだった。彼らにとっては「そこまではやってほしくないよ」ということだったのでしょうね。僕からすれば、うまく自分を利用してくれればいいのにと思っていたのですが。
ー 徹底的にやらないと気がすまない大貫さんらしいですね。
大貫 そのせいでたくさんの仕事を抱えられなかった。デザイナーとしては効率が悪かったと思います。特に広告ではクリエイティブディレクターとアートディレクターを兼ねていたら、アイデアから始まって、写真、イラスト、セット、モデル、メイクアップ、衣装、照明、コピー、演出、音楽まで、何から何まで自分が関わっていました。ただ振り返ると反省点もあるのです。何から何まで自分でやっていたので、自分がその仕事を離れると、とても引き継ぎができない状態だったと思います。
資生堂と「ヒロシマ・アピールズ」
ー そんな大貫さんにとって、印象深い仕事は何でしょうか?
大貫 僕にとって広告の仕事はある種ゲームなのでどれもおもしろかったです。目前にある問いをどうやって解いていこうかと考えるから、誰も解けない難しいゲームほど楽しい。
ー そういう意味で楽しかったお仕事と言うと?
大貫 豊島園の仕事が僕にとって一番大きな転機をつくった仕事なんですが、話が長くなるので他の仕事の話にしますかね。資生堂の「TSUBAKI」は結構難易度が高かった仕事です。
ー 資生堂の仕事が始まる頃、大貫さんは『Advertising is』のなかで「広告はもっと社会や消費者のために発想すべきではないか。(中略)生意気かもしれませんが、企業を導いていくことが、これからのアートディレクターの仕事ではないだろうか」と記されています。そんなことも関係しているのでしょうか?
大貫 資生堂はかつてクリエイターにとって憧れの企業であり圧倒的なブランド力を誇っていましたが、そのパワーが相当落ちていました。そんなときの仕事で、長年成果が上がらなかったシャンプー市場に新商品を投入して起死回生を果たしたいという依頼でした。そこで僕が最初に考えたのは、新シャンプーをトップブランドに育てると同時に「資生堂」という老舗ブランドを復活させることが重要だということ。ところが実際に取り掛かってみるととても難しい仕事でした。ダサいイメージだった企業を一新させて成果を出すのは簡単ですが、かつて栄華を誇った資生堂のような会社のイメージをもう一度復活させることは一筋縄ではいかない。だからこそ、やりがいもあった。
ー と言うと?
大貫 僕は、今こそ資生堂がシャンプーという新製品を、日本人の、日本人による、日本女性のためのものと位置づけ、「日本のど真ん中」の美意識を前面に出してメッセージすることが資生堂ブランドを再構築する最適な戦略だと考えた。そうなると商品のネーミングは「椿=TSUBAKI」以外に考えられなかった。なぜなら椿は資生堂のシンボルであり、椿オイルは古来日本女性の髪や肌の美容に使われていた大切な素材であり、椿はこれからの時代に望まれる自立した女性そのものだったからです。ここからパッケージ、CM、ポスター、看板などは椿を象徴させるイメージでつくりました。
ー 当時の日本のトップ女優を使ったCMは圧巻で、日本女性に生まれてよかったというプライドと元気をもらいました。さて、大貫さんは広告以外の仕事も多く手がけていますが、記憶に残るものと言うと?
大貫 「ヒロシマ・アピールズ」は覚悟がいった仕事でした。原爆の問題は生存者やそのご家族もいらっしゃるし、広島や長崎にはその痕跡も残っているとてもデリケートなテーマです。それに対して僕のような戦争や原爆を深く意識することなく呑気に育ってきた人間がやっていいのだろうか?と。ただしばらく考えて「いや待てよ?」と、こんな僕だからこそやってみる価値があるかもしれないと思い直したのです。以前やった新潮社の仕事も僕は読書家ではないので最初は躊躇したのだけど、本を読まない僕だからこそ読書に縁のない人を惹きつける広告ができるかもしれない、いやむしろ向いているかもしれないと引き受けました。だったら原爆も自分が取り組むことで、幅広い人たちにメッセージを届けることができるかもしれない、ならば僕がやることに意味があるのではないかと。ただし、生半可なデザインは絶対にできない、自分の主張をきっちり構築してどんな意見にも揺るがない覚悟を決めなければならないと思いました。
ー 2022年、クリエイションギャラリーG8で開催された大貫さんの「ヒロシマ・アピールズ」展は圧巻でした。会場に敷き詰められたゴムチップの重たい匂いが不穏さを掻き立て、視覚だけでなく五感を通して原爆を実感できる演出だったと思います。もうひとつ印象に残ったのは最先端のAR*を導入して、大貫さんのメッセージをよりリアルに感じたことでした。
*拡張現実(Augmented Reality)の略


ARを使って4次元表現に挑戦した「ヒロシマ・アピールズ」の表現と展覧会風景
大貫 ポスターのメインビジュアルは平和の象徴である白い鳩と黒い粉を入れたスノードームです。ポスターに携帯をかざすとARが作動して黒い粉が充満して白い鳩を覆いますが、最後には黒い粉は底に沈んで白い鳩が再び現れます。ARによって2次元のポスターに4次元(時間)を持ち込んで、今の人たちに原子爆弾や黒い雨を追体験してほしいと考えました。
僕の仕事は手づくり感満載なものも多いけれど手仕事とか職人芸にこだわっているわけではなく、ARのようにデジタル表現も積極的に使っています。共通していることはアナログでもデジタルでも徹底してつくり込むのだけど、アウトプットでは制作現場の苦労を感じさせないように気を配っています。
ー ポスターのビジュアルに使われた特製のスノードームも話題になって、商品化されると聞いていて楽しみにしています。
大貫 はい、試作はできています。ただ、安定的に量産することが意外に難しいのと、販売体制の整備や在庫管理などの課題が多くて実現できていません。広島平和記念資料館で販売できればよいなあと思案中ですし、数を限定してアートピースとして販売するというアイデアもあります。
AIがデザインにおよぼす影響
ー デジタルやAIがデザインにどのような影響を与えると考えますか?
大貫 簡単に言うと、デザイナーやアートディレクターのギャラのゼロがどんどん減っていくだろうねということ(笑)。人と違ってAIにデザインさせればお金がかからない。最近AIがつくったムービーを見たけれど、映像の出来栄えには驚愕しました。以前だったら3億円くらいかかるところを、予算ゼロでたったの15秒でできてしまう。ただ僕らにとってイラレ(Illustrator)やPhotoshopが登場したときも同じくらい衝撃的だったわけです。
以前は誰もがデザイナーになれなかった。美大に入ってデザインの基礎を学んで、デッサンが上手くて、センスも良くて、いろいろなエレメントを自分の手で描けるようになってようやくデザイナーへの一歩を踏み出せた。ところが今はパソコンの前に座ってキーボードを叩いてポチッとすればいいので、素人でもそこそこのデザインならできてしまう。誰もがデザイナーになれるのでデザインが巷に溢れ、広告もそこそこの仕上がりですんでしまう。テレビCMも労力や時間をかけた作品なんて求められていない、そんな気もします。
ー AIがデザインにもっと入ってくると、どんなふうになってしまうのでしょうか?
大貫 AIは日々進化しているから、特にビジュアルはフェイクだらけになって何も信用できなくなるんじゃないかな。適度におしゃれな空間やモノが安価にできるようになって、ペラペラなデザインワールドが世界を席巻して風景を変えてしまう。世の中がシュールになって人々はエンターテインメントに興味を持たなくなってしまうでしょう。
振り返ればハリウッドでCGが登場した当初、僕らは建物が破壊されたり、恐竜が動いているダイナミックな映像に驚愕したけど、今は低予算のテレビドラマだってCGをバンバン使うようになった。もはやハリウッド風のびっくり映像の価値は下がってしまいました。
今のAIはそれらをお手本にして再編集するので、一見すると立派な映像やアートも容易くできてしまう。ところが皮肉なことにそれが当たり前になると人間は興味を失います。思い出してください。日本の広告業界では一時期ビール戦争と言われる時期があって、どのメーカーも資金を投入して宣伝をしまくった結果「どれも大差ないし、おいしいよね」とブームは沈静化し、次はお茶だ、次は携帯電話だと一大キャンペーンが際限なく繰り返されてきました。で、結局どれでもいいけどと興味がなくなってしまう。その繰り返しです。
ー その行き着く先に、人は何を欲すると考えますか?
大貫 結局、アナログな普通が良いなあと。例えば、家族旅行できれいな川で遊んだり、気が合う友だちと家飲みしたり、こっちの方がよっぽど楽しいやとなると思うし、実際にそうなっているんじゃないかな。これからは今までのような過剰なエンターテインメントが行き詰って、逆に世の中が良くなるかもしれない。もちろん従来の枠組みのなかで一儲けしたいという輩も一定数はいるだろうけど、そんなステージから降りてお金がないなりの楽しさとか幸せを求める人が多くなるだろうと思います。
ー 大貫さんは多摩美術大学で教鞭を執っておられましたが、このような時代、学生に何を伝えていらっしゃったのですか?
大貫 学生との対話を通してデザインを指導していました。課題を示して、通常の仕事と同じように僕がクリエイティブディレクターの視点で学生から出てきたアイデアやデザインに対してあーでもない、こーでもないと指導するという感じ。答えが見つかった瞬間の達成感を感じてもらうための授業だったと思います。学生だからとかはまったくなくて本当に普通の仕事と一緒でした。
僕が広告の世界に入った頃、新人は最初に先輩方が敬遠するような仕事を任されました。こうした道程を経てようやく遊びや冒険ができる広告を担当するようになったわけです。でもこの行程は無駄ではなくてアイデアやスキルを蓄えるための大事な時期でもあったのです。ところが最近はこうした経験を積むことなく、いきなりロゴつくって、色付けして、展開パターンを提案して、ブランディングをやりましたなんて言っているわけです。本来デザインがすべきアイデアや表現といった重要な部分をすっ飛ばしてもまかり通るようになってしまいました。僕にしたら今の人たちは「チラシ」すらつくれなくなっています。
ー 先ほども「チラシ」とおっしゃっていましたが、そこに込められている真意とは?
大貫 例えば、「駅前のじり貧のたこ焼き屋の売り上げを、1週間で倍にする」ためのチラシをデザインせよという課題があったとします。多分、こぎれいでカッコいいデザインはできるけど、たこ焼き屋の売り上げに貢献できるデザインはできないでしょう。そんなベタなチラシをつくる経験をすっ飛ばしていることが、かえって気の毒に感じます。大事なことはおしゃれなデザインではなく、目的を達成するアイデアと手法なのだから。今はその本質に迫る腕を磨くチャンスがないのです。
ー 『Advertising is』のなかで、大貫さんが「としまえん」の広告を思案中にあるラーメン屋の「冷やし中華始めました!」という貼り紙に触発されて、代表作「プール冷えてます」を思いついたと書かれていましたね。
大貫 博報堂に入社した当時、僕が属していた部署のクリエイティブ会議では「分かる/わからない」が論議の中心で、「これはわかる」「これじゃわからなよ」ばっかりやらされた。一見きれいなんだけど意味不明なデザインは相手にされなかったおかげで、「考える力=思考」が鍛えられました。「新しさ」の正義度が高く、ひたすら新しいものを追いかけ、カッコいいか悪いかで生きてきた自分にとっては目から鱗だったし、僕の表現って何なんだろう?と考え続けるきっかけにもなったのです。広告をコミュニケーションと捉えるならば、かっこいいけど意味不明なチラシを何千枚も配るよりも、「冷やし中華始めたよ」という手づくり看板を店頭に立てた方がよっぽど効果が高い。この経験から僕は「そもそも本当にそれでいいの?」という問いから考え始めること、過去の広告のかたちを疑うことを原点としています。
ー 今大貫さんがおっしゃったことはAIではできないですね。
大貫 時々AIがデザインした販促品を見かけるけど、僕にしたらいまいちです。それらは過去のデータの集積だから新しい領域に「点を打つ」という域に達していない。でもAIがそこに到達する日も近いでしょう。
ー では、これからのデザイナーはどうすればいいのでしょうか?
大貫 ひとつの方向はもっと企業に寄り添って商品に関わっていくポジションを確立すること。商品自体でブランド、デザイン、広告をまとめて解決していく正しい方法に参加するということです。もうひとつは工芸作家みたいな職人になる道。グラフィックだったらアイデアから印刷まで全部アナログとか。つまり職人的な微妙なこだわりの世界、領域ではないか。今のクリエイティブは数値やデータでしか考えられない人たちが牛耳っているけど、まったく違った視点から突然変異みたいな大ヒットが生まれれば、世の中の流れがパッと変わるかもしれないと期待しています。結局は人が価値の源なんです。その人しか表現できないオリジナルな個性が風穴を開けてくれればいいなと思います。過去にはそうした例が幾つもあるから。国道246沿いの「きぬた歯科」のビルボードは究極のアナログ表現だけど、静かなヒット広告です。
ー 大貫さんが考える広告の未来とは?
大貫 広告がダメになったのではなく、昔のフォーマットが通用しなくなったということだと考えています。最近はインフルエンサーやユーチューバーという人たちが、クリエイティブ、タレント、メディアの役目を一人で担って広告代理店の役割を果たしているわけで、広告の存在価値がなくなったわけではない。ただ代理店がインフルエンサーの方が効率的だということでクリエイティブ力が弱体化することは憂慮しています。
一方で、これからの広告は企業や自治体が主体的に制作するようになるだろうから、学生には代理店よりはメーカー、地方自治体や地元の一番企業に就職しろと言っていました。そこで商品を開発して、広告つくって、地域と連携して町おこしして‥‥‥、そんな仕事の方がよほどクリエイティブだし魅力的。企業や行政も高額なデザイン料を払って広告やブランドをつくってきたけど、その多くはAIが取って代わるでしょう。
ー 今、AIの登場、流通の変化などデザインや広告を取り巻く環境が激変していることを痛感します。
大貫 そうですね。コンビニエンスストアやファストビジネスなどの支配力が大きくなっています。彼らは売り場を持っているので、メーカーやデザイナーが苦労してつくったものをアレンジして大量に短期間に売りさばきます。そこには革新的な新しさは稀薄です。一方でメーカー側はコンビニなどの売り場の棚を確保するために多品種の開発に追われ、下手をすると定番商品のシェアを縮小することにもなりかねないという負のスパイラルにはまっています。メーカーと流通の立場は完全に逆転したのだと思います。
そして、物も情報も溢れていてAIがそれをさらに加速させている現状で、一般の人たちはインフルエンサーが推しているとか、ランキングが上位だという理由から選択や決断を行います。多くの人々は膨大な情報や商品をリサーチするのはめんどうだし、選択なんかに時間を費やすのはタイパが悪いと考えているんでしょう。
ー 現在にクリエイティブを復権するにはどうすべきでしょうか?
大貫 新しさを追い求めてすぎて多くを失った日本は今、あらためて文化や日本らしさを真剣に考えなければならないと思っています。2020年の東京オリンピックのシンボルマークのデザインで僕を突き動かしたのはその思いでした。伝統や古典は古臭いことではなく文化として継承されてきたもので、まさに「本質」を現代に教えてくれるアーカイブであると思うんです。もはや「新しさ」は正義ではなくなった。「昔はよかった」というとダメオヤジのため息みたいに聞こえるかもしれないけれど、あらゆる意味で「昔はよかった」をポジティブに捉えて、日本のクリエイティブを、文化を再構築していかなければと思います。
ー 大貫さんの広告に元気をもらっていましたので、そのクリエイティブの源泉をお聞きしながらドキドキしました。今日はありがとうございました。
大貫卓也のコレクションの所在
世田谷美術館:https://www.setagayaartmuseum.or.jp/