日本のデザインアーカイブ実態調査
DESIGN ARCHIVE
Designers & Creators
植木莞爾
インテリアデザイナー
インタビュー: 2019年7月4日 16:00〜17:00
取材場所:カザッポ&アソシエイツ
取材先:植木莞爾さん
インタビュアー:関康子、石黒知子
ライティング:石黒知子
PROFILE
プロフィール
植木莞爾 うえき かんじ
インテリアデザイナー
1945年 東京生まれ
1968年 慶應義塾大学商学部卒業、イタリアに渡る
1969年 ミラノのリナシェンテデパート本店デザイン室入社
1971年 アルドヤコベル建築設計事務所
1976年 イタリアから帰国後、カザッポ&アソシエイツ設立
1999年 JCDデザイン優秀賞(オブレロ)
2003年 Industrial Design Excellence Awards, Gold Medal(Apple Store)
2006年 金沢都市美文化賞(福光屋)
Description
概要
デザインの評論家の川床樹鑑をして「デザイナ—の全体像、という視点から見ると、植木莞爾は数あるインテリアデザイナーのなかでも、もっとも説明しにくいデザイナー」(『7人の商空間デザイン』(六耀社、1986)と言わしめる。慶応大学商学部卒業というデザイナーには珍しい経歴をもつが、大学3年の時にデザインに興味を覚えて勉強を始め、卒業後は5年間イタリアで修行を積んだ。帰国後の76年にカザッポ&アソシエイツを設立。81年にAXISビル内の生活雑貨ショップ「LIVING MOTIF」のインテリアデザインを手がけ、以後、住宅、オフィス、ホテルなど多様な商業空間を手がけていく。その代表作の多くは、85年ホテル安比グランドに始まる建築家・谷口吉生との仕事である。谷口の影響で、完成度を追求し、人や物を入れる器として空間を意識するようになった。完成形が2004年のニューヨーク近代美術館のインテリアデザインであり、全米に展開されたアップルストアのプロトタイプデザインで、2001年、1号店のコンセプトデザインを提示し多店舗展開された。
クライアントの潜在的な要求を引き出し、的確に形にするが、作家としてのアイデンティティを誇示することはない。前出の川床は「自由な作品群」「寸劇的に一瞬の光彩を放つべく仕かけられている」とし、まなざしは「ショップデザインの短命さとの拮抗に向けられて」おり、それが全体像を曖昧にするが、手法の流れを解読するのは徒労に終わると説く。インテリアは背景であり主役ではない、という抑制が感じられ、その厳しさが短命な流行とは無縁の、日本のインテリアデザインになくてはならない確固たる軌跡となった。
Masterpiece
代表作
インテリア
「ALPHA CUBIC」 From-1st (1976)、「カフェ カプッチョ」乃木坂(1979)、
「LIVING MOTIF」 AXIS(1981)、「chocolatier Erica」 白金(1982)、
「ホテル安比グランド」安比高原スキー場(1985)、「河口湖の家」(1986)、
「小松ストアー」銀座リノベーション(1987)、「IBM」幕張(1991)、
「軽井沢ゴルフクラブ」軽井沢(1994)、レストラン「BURGIGALA」大阪(1997)、
「SEOUL CITY CLUB」ソウル(1998)、「OPAQUE」銀座(1998)、
ワインショップ「ENOTECA」広尾本店(1999)、「福光屋」金沢(1999)、
「APPLE STORE」ワシントンDC(2001)、「ニューヨーク近代美術館」のリノベーション(2004)、
レストラン「有明」ソウル(2004)、「東京倶楽部」(2005)、
ソウル「新羅」ホテルのリノベーション(2006)、
「WATER LINE Floating Lounge」「T. Y. HARBOR」天王洲(2006)、
「THE MÉNAGERIE」ソウル(2012)、「UCHINO TOUCH」六本木(2018)、
「HOTEL JW MARRIOTT」ソウル(2018)ほか
家具
「ALADIN」イデー(1992)、「KU」チェア アルフレックス(1992)、「SENTA」イデー(1993)、
「CLUB sofa」カッシーナ・イクスシー(1994)、「TWIN」アルフレックス(1995)、
「VENTO」カッシーナ・イクスシー(1997)、「KUF chair」アルフレックス(1997)、
「BANCO」イデー(1997)、「TANTO CHAIR」IDÉE(1998)、
「TANTO LOUNGE CHAIR」イデー(1998) 、「PALA」アルフレックス(2004)、
「SAGAN」ESTIC (2005)、「SLIT」nextmaruni(2005)、
「ARETE」ARTI(2008)「DIVANCO 」イデー(2010)、「SALSA」イデー(2013)、
「TANT-TANT」カッシーナ・イクスシー(2015)
著書
『7人の小空間デザイン』(共著)六耀社(1986)
『kanji ueki』(1989-1998)(1999-2006)(2006-2012)(2013-2018)カザッポ&アソシエイツ
Interview
インタビュー
できあがった空間がすべてであり、価値である
イタリアでの蓄積と空間への視点
— ご無沙汰しています。植木さんとは、1981年、AXISの「LIVING MOTI」のインテリアデザインを機に幾度か取材もさせていただきました。「リビング・モティーフ」はリニューアルされ、当時の空間は現存していませんが、中央にピラミッド型のショーケースがあるなど、イタリアから帰国された植木さんしかできない発想に満ちた空間でした。それからすぐに若手のトップランナーとして活躍され、レストランやショップ、ホテルや会員制クラブなどのインテリアデザイン、家具デザイン、住宅設計など、幅広いインテリアデザインを手がけてこられました。経歴もユニークです。大学ではデザインではなく商学部に在籍し、デザインを学ぼうとローマに渡られたのですね。
植木 ローマは当時、パゾリーニなどの映画監督が活躍していた全盛期で、最初は映画監督も夢見ていました。でもお金がなくなって、清掃局や映画のエキストラのアルバイトをしていたのです。そんなときに、ローマ大学建築学部の教授と知り合い、その好意で設計を学ぶことができました。
— その後、ローマからミラノに移り、百貨店リナシェンテを経て、アルド・ヤコベル建築設計事務所に入所されます。そこで住宅デザイン、バレンチノ、ソニア・リキエルなどのブティックデザインを手がけられました。
植木 当時のミラノには、川上元美、梅田正徳、喜多俊之、蓮池槇郎、細江勲夫さんらがデザインを学んでいました。
— 以前インタビューで、「デザイン先進国イタリアでの蓄積だけで、最初は仕事をこなしていた」とおっしゃっています。
植木 イタリアでの8年間は、とても大きな経験でした。デザインが成熟し、活気もありました。椅子ひとつとっても、日本人が発想する椅子とイタリア人のそれとはまったく違っていました。日本の場合は、人間が座りたいようにならないのです。そこに発想と経験値の違いがあると考えています。
— 一方、谷口吉生さんとの仕事では、そのイタリアの経験だけでは十分ではないと知らされ、「さらに上を目指さなければならなかった。完成度と、空間とは人や物を入れる器であるという意識を徹底させた」と答えていらっしゃいます。こうした経験とも重なりますが、植木さんの仕事を拝見すると、「まず空間ありき」と感じます。
植木 日本では部分を積み重ねていく空間が見られますが、僕は違います。例えば、アップルストアなどもそうですが、まず全体のブレークスルーとしての視点を大切に考えます。これはイタリアから学んだことかもしれません。そしてなるべくプロジェクトの早い段階から参加し、たくさんスケッチを重ねながら、ここに階段をつくろう、天井を高くしようという空間の構造を構想していきます。
— インテリアデザインというよりも建築を設計するのに近いですね。
植木 そうですね。またイメージする空間を実現するために、家具もつくります。
— つまり、植木さんはクライアントからすべて任されているということでしょうか?
植木 僕のクライアントは「好きなようにやってください」と言ってくれるので、好きにやってきています。物件の面積や諸条件を見て、さらにクライアントを話し合っていると、イメージがおのずと沸いてくるのです。
ジョブズへの指摘
写真 「アップルストア」ワシントンDC(2000)
— 以前にインタビューさせていただいた際に伺った、アップルストアのコンセプトデザインを任されるまでのお話が印象的でした。
植木 サンフランシスコ在住のグラフィックデザイナーの八木保さんから電話があって、1週間後にスティーブ・ジョブズに面談することとなり、すでに先方でつくりあげていたショップデザインのモックアップを前に意見を求められました。僕が「一店舗展開ならばよいが、多店舗展開には向いていない」と指摘したところ、「ではあなたにお願いしたい」と、その場で起用が決まった、という話ですね。
— そうです。その1カ月後に図面や模型を携えて渡米し、世界初のアップルストアがオープンしました。そのコンセプトはこれまでにないもので、時代に先駆けたコモンスペースの提案でした。すでにジョブズは他界し、このとのやりとりも、もはや貴重な記憶になっていると思うのですが、一連の資料はどうなっているのでしょうか。
植木 一枚の絵とパース、模型でOKをもらったのですが、それらはアップルに渡しており、こちらの手元には何もありません。アップルは残していると思いますよ。他にも家具などのプロダクトデザインに関する図面などの資料は、B&B、イデー、カッシーナなど企業にはすべて渡してあり、こちらにはありません。アップル同様に彼らも残していると思います。
— さて、これまででもっとも印象に残っている仕事を教えてください。
植木 1889年の「OPAQUE」銀座です。ファサード設計は妹島和世さんです。
— セレクトショップの先駆け的存在で、銀座で半透明(オペーク)のガラスの表現を最初に行った場所でもあります。小さな空間を短い階段でつないだり、衣食住遊などさまざまなカテゴリーをミックスさせて世界観を提示したりという方法も、当時にはない画期的なものでした。そうした「場づくり」も植木さん主導なのですか。
植木 そうです。
— 印象に残った理由は?
植木 好きなようにやれたから(笑)。
— 自由でありながら、無駄がなく、視点の高さを感じます。植木さんは数年前に病に倒れ、大変なリハビリを経て、お仕事に復帰されました。飽くなきデザインへの情熱には頭が下がります。
記録は自分でつくらないと、いいものにならない
— そんな植木さんがデザインアーカイブについてどうお考えなのか伺います。スケッチや模型、図面、その他資料はどのように保管、整理されていますか? 植木さんのインテリアデザインは、日本のデザイン史の貴重な記録のひとつだと思いますが。
植木 そう言っていただくのはありがたいのですが、全部、捨ててしまっているのです。製品化したもの、できあがった空間がすべてであり、それが価値だととらえているからです。ですから完成してしまったら、資料などは基本的にとっておく必要はないという考えなのです。スケッチはほとんど捨ててしまったし、メモや模型なども残していません。ただし図面は残しています。デザイナーとしての責任がありますから。
— 定期的に作品集を送っていただいていますが、あれをアーカイブと捉えることもできますね。
植木 1989年以降の全作品を写真として記録した作品集を6〜10年おきにまとめており、これまでに4冊発行しています。これは写真の選定からテキストまで人に任せることなく、すべて自分で行っています。各作品の説明文は英文ですが、自分で書いています。
— 冊子を拝見すると、とても臨場感のある写真構成になっていますね。入り口から入って空間の疑似体験ができるようになっていたりします。この写真の配置や選定も植木さんがディレクションしているということなのですね。
植木 いつも決まったカメラマンに撮影してもらっていますが、図面はすべて残していますので、図面を広げて、人がどのように空間体験をするのかといった動線や視線の変化を考慮しながら、どこをどのように撮影するかを決めて、撮影の指示をしています。
— 念のため伺いますが、アイソメやアクソメはどうですか?
植木 それは見ても、一般の人はわからないでしょう(笑)。残していません。ムービーでも疑似体験できると思いますが、静止画である写真はより絵が締まるので、写真だけ撮影しているのです。
— 確かにコンセプトは写真の方が伝わるかもしれませんね。その潔さが植木さんならではとも感じます。とはいえ、後年、植木さんを研究したいという人が現れた際に、一次資料が少ないと困るかもしれません。
植木 それは僕には関係ない(笑)。正直に言うと、後の世に理解してもらいたいといった思いは抱いていないのです。もちろん研究したい、知りたいから図面を見たいという人がいたら、見せることは厭いません。図面はスキャンしデータ化していますので、ここまで来てくれれば見ていただけます。
— なぜ冊子にまとめようと思われたのでしょうか。
植木 日本では、雑誌が記録媒体としての役割を果たしていないし、他人の視点でまとめられるよりも、デザイナー本人がまとめる方が的確だし、納得できる内容になると考えているからです。評論家やジャーナリストにテキストを書いてもらわなかったのも、同じ理由からです。ともかく僕は完成したものがすべてであり、そこに至るまでの試行錯誤やプロセスは不完全なものなので、捨てた方がいいという判断なのです。
— 雑誌などは商業ベースなので、ややもすると作家本人の意図とはかけ離れた視点で括ってしまうことがあります。自力でまとめるのが理想とはいえ、すべて自費で撮影し発行するのは大きな負担です。なかなかできることではありません。すごいことだと思います。
植木 1000冊刷っていますが、別にすごくないよ(笑)。イタリアのデザイナーも自分でまとめる人が多かったですね。巻頭の文章にすべてを述べているつもりです。「ものをつくるとか、デザインするということは、自分を表現することであり、インテリアデザインでは空間に自分自身の意味を与えることである。意味を与えられた空間には場の意味が存在する」。
— 植木さんの空間は上質で、何年経っても古くならない印象があります。その秘訣は、これに続くテキストに見いだすことができそうです。「場の美しさは建築、インテリアの複雑さの中から見いだすものであり、そこへ自分自身を投影することである。その調和までの、長い過程の中で美しい感覚が徐々に完成されてゆくのを見るのが、私は好きである。結果としてあらわれる場の美しさは、私の願望であり、私自身の思想、意思、現在の生活のすべてから構成される。場の美しさの追求は私の仕事の情熱となり、永遠のものとなる」。
最後に、現在進行しているお仕事をお聞かせください。
植木 完成は3年先ほどですが、箱根にホテルをつくっています。建築は坂茂さんです。心地よい空間になるでしょう。
— ありがとうございました。完成を楽しみにしています。
問い合わせ先
カザッポ&アソシエイツ http://www.casappo.com